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父さんの言葉に頷くと、僕は今度こそ助手席に座った。千裕は、渡された絵をじっと見つめている。
「気をつけるんだよ」
ばあちゃんからの言葉を受け取るなり、父さんはエンジンをかけた。
「それじゃあ」
そう言ってハンドルを切り、アクセルをふかす。
僕は窓から身を乗り出して、千裕やじいちゃん達に向かって手を振った。千裕は、絵を両手で握ったままこちらを見ようとしない。あっという間に、車はじいちゃんの家から遠ざかった。僕は手をふり返すじいちゃんとばあちゃんの姿を確認すると、上半身を車内に戻した。
ここで過ごした日々。そこで、僕が手にしたもの。それは一体なんなのだろう。でもきっと夏休みが終わったら、僕は学校へ行けるようになる。その事だけは、はっきりと確信していた。
その時。サイドミラーに、走って車を追いかける千裕が映ったことに気付いた、次の瞬間。
「またねっ!」
じいちゃんでもない。ばあちゃんでもない。もちろん、千裕のおばあさんの声でもない。僕はその声に驚いて、再び助手席の窓から顔を出して振り返った。
画用紙を片手に、千裕が半ベソをかいて立ち尽くしていた。
それは、僕が初めて聞く彼女の声だった。
「うん、また!!」
僕は大きく手を振って、それに応えた。
車はグングンスピードを上げ、どんどん千裕が小さくなり、ついには完全に姿が見えなくなった。それでも、僕は助手席の窓から顔を出すのをやめなかった。
「……いい夏になったみたいだな、公平」
その様子を見ていた父さんが、ポツリと呟いた。
「うん。最高だった」
もちろん、寂しさはあった。でもそれ以上に、来年の八月が楽しみだった。きっとその時は、千裕とたくさん話せるに違いない。僕はそう思った。
こうして僕は、一夏の冒険を終えて、またいつもの暮らしに戻ることになった。
だけど、はっきりと変わったことが一つある。
僕には八月、自分の家以外にも、帰る場所ができたんだ。
そこへまた帰るために、僕はこれからの日々を精一杯に生きる。
だって、その場所で僕を待っていてくれる人もきっと、新しい日々を一生懸命に過ごしていくに違いないから。
ー了ー
※千裕が大学生になった物語、「私が十一月に描いた絵」をぜひ併せてご覧下さい。
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