僕が八月に帰る場所

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「そうかそうか。なんでも初めてというのは、いいもんだ」  日に焼けて真っ黒になったじいちゃんは、ガハハと豪快に笑った。  ガードレールもない山道をひた走ると、ようやく景色が変わって、視界が開けてきた。 「わあ。すごい!」  助手席側には河原が姿を見せ、下り坂の向こうには、山に囲まれた盆地に小さな集落が現れた。 「さあ。もうすぐ着くぞ。ばあちゃんがご馳走を作って待ってる」  僕の胸は弾んだ。きっと、今年の夏は楽しい夏になるに違いない。  じいちゃんの家は、本でしか見たことがないほど古い平屋だった。広々とした青空の下にぽつんと建つその家は、まさに昔話に出てきそうな佇まいだ。  井戸を見るのも初めてだったし、土間を見るのも初めてだった。出迎えてくれたばあちゃんに促されるまま、玄関で靴を脱いで居間に入ると、そこにはじいちゃんの言った通り、すごいご馳走の数々が並んでいた。 「画材道具だって?そうかい、公ちゃんは絵を描くのかい」  僕が畳の上に荷物を置くなり、米びつからご飯をよそいながら、ばあちゃんが言った。隣の部屋の縁側から、ヒグラシの鳴く声が聞こえてくる。 「僕、四年生の時にコンクールで入賞したんだよ」  囲炉裏の前に腰をかけると、僕は得意気に言った。 「本当かい?それじゃあ、将来は画家先生だね!」  そう言って笑うばあちゃんから茶碗を受け取ると、僕は両手を合わせた。 「もう、食べていい?」 「もちろんさ。たんとおあがり」 「いただきます!」  鮎の塩焼き。錦糸卵とキュウリとトマト、それにひき肉が乗ったぶっかけそうめん。山菜のおひたしに、茄子の揚げ浸し。炊き込み御飯のおにぎりに、椎茸の佃煮。囲炉裏の鍋の中には、たっぷりの根菜が入った豚汁まである。 「絵を描くなら、裏から降りたところに小川が流れてる。そこの景色はいいぞ。魚も釣れるしな」  日本酒の大瓶の蓋を開けながら、じいちゃんが言った。 「裏の小川はいい遊び場になるね。山には熊も出るから、あまり遠くまでいっちゃダメよ」  ばあちゃんがグラスに麦茶を注ぎながら、僕を脅かす。 「熊?そんなの僕、動物園でしか見たことないよ」 「熊だけじゃないぞ。猪も出る。公ちゃんがここにいる間に、仕留めて食わしてやる」  じいちゃんの言葉に、僕は目を丸くした。 「熊の肉を?」 「まさか。熊は流石にじいちゃんも仕留めたことがない。シシ肉の方さ」  じいちゃんが土間の方を指差すと、窓のそばに猟銃が吊られてあった。僕はそれを見て、自分のワクワクが加速するのを感じた。 「……あ!美味しい!」  山菜のお浸しを口にした途端、僕は感嘆の声を上げた。
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