僕が八月に帰る場所

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「今朝採れたばかりだからね。都会じゃまず食べられないよ」  ばあちゃんの言葉に頷きながら、僕は炊き込み御飯のおにぎりにかじりついた。 「いい食べっぷりだ。公ちゃんはきっと大きくなるぞ」  次々とご馳走を頬張る僕を見て、日本酒をグイとやりながら、じいちゃんが満足そうに言った。  昼食を終えると、僕は早速じいちゃんの家の裏を下って沢にやって来た。恨めしいくらいに輝く太陽のせいで、全身がじっとりと汗ばむのがわかる。川べりの砂利の中に一際大きな石を見つけると、僕はそこに腰掛けてばあちゃんから渡された水筒を取り出した。  じいちゃんに借りた麦わら帽をクイと上げて、辺りを見渡す。川の向こう岸に背の高い竹がいくつも伸びていて、夏風に揺られた葉がサラサラと気持ちの良い音をたてている。上流の方には、頼りないくらいに細い吊り橋がかかっていて、そのはるか向こうに峻険な山々がそびえていた。聞いたことのない鳥の鳴き声が、いくつも重なって空に木霊している。僕は、鳥の声がこんなにもうるさいものだったなんて知らなかった。  水筒の麦茶を飲み終わると、リュックから今度は画材道具を取り出した。じいちゃんの言った通り、この場所は絵を描くのに最適なスポットだ。まずは、構図を決めなきゃいけない。僕は立ち上がって手頃な位置を探ることにした。  ちょうどその時、下流の方から人の気配がしたのに気付く。なんとはなしにじっと見ていると、背格好から大人ではないことがすぐわかった。  向こうも僕に気付いているだろう。それでも、遠慮なくどんどん近付いてくる。あっという間にそばまでやって来て、ようやくそれが小さな女の子だと認識できた。 「こんにちわ」  水玉のワンピース姿で、首からカエルの小銭入れをぶら下げたその子に、僕は元気よく声をかけた。 「……」  女の子は僕の挨拶に答えること無く、不思議そうに首をかしげて見せた。 「ここを上がってすぐの家、僕のじいちゃんちなんだ。夏休みの少しの間、ここで過ごすことになって」  きっと誰だろうと思ったに違いないと考えて、僕は饒舌に説明をした。  女の子はじいちゃんの家の方に顔を向けた後、再び僕を見て、コクリと頷く。赤い玉が二つついたゴムで、前髪をちょんまげのように結わえているのが可愛らしく見えた。  僕は、急に恥ずかしくなってきた。初めて会う女の子にこんな風に話しかけることなんて、自分の街ではあり得ない事だった。田舎にやって来た開放感で、つい馴れ馴れしくしてしまったかな、と思ったのだ。
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