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僕が八月に帰る場所
五年生のクラス替え。僕は親しい友達と離れ離れになり、新しいクラスにも馴染めなかった。みんなが楽しそうに過ごしている様子が、余計に心を辛くさせた。次第に、学校へ行くのが苦痛になった。
僕は自分というものが、この世でたったひとりの、たったひとりぼっちの存在であることに、気付き始めていたんだ。
頭が痛い。お腹が痛い。七月に入り、そう言ってズル休みするようになっていたけど、いつまでもそんな言い訳が親に通じるわけが無かった。
無理に学校へ行かされたある日、通学路の途中、僕は全身が重くて息が苦しくなった。見慣れたはずの周りの景色が、やけに無機質に見えて、尚更不安感が強くなった。僕はどうしてもそれ以上進むことができず、泣きながら家に帰った。母さんは、仕方なく学校に電話を入れ、父さんが帰ったら三人で話そうと言った。
そして、夕食の時間。母さんに促されるまま僕はありのままを話したが、ただそれだけの理由で不登校が正当化されるわけがないことを、自分でも知っていた。
じっと話を聞いていた父さんが口を開く。
「もうすぐ、夏休みだろう。どうだ公平。じいちゃんちで、しばらく世話になってみるか?」
「……あなた!」
何を急に、と母さんが口を挟む。父さんは、グラスに注がれたよく冷えたビールを一口飲むと続けた。
「俺にも、なんとなく覚えがある。はっきりとした自意識、みたいなものが目覚め始めて、周りと自分が何の関係もないように思えたりだとか。何がどうというわけじゃないのに、うまく自分を保てなくなるような感覚だ」
僕には父さんの話す言葉の意味をよく理解できなかったが、父さんが僕を理解しようとしてくれていることは、すぐにわかった。
「お前は大人しい奴だが、年の割にはしっかりしてる方だと思う。それが、むしろ消極的になってしまってる原因かもしれない」
「それと、おじいちゃんの家でお世話になるのに、なんの関係が?」
母さんが不満そうに言う。
「気分転換さ。あそこには山川があって、自然で溢れてる。そこで目一杯遊んだり、時には景色をぼうっと眺めてみたり。そうやって過ごせば公平も、余計な事を考えるのが馬鹿らしい、って思えるかもしれないじゃないか」
僕は想像してみた。雄大な山々。滔々と流れる小川。都会の喧騒から離れた、田舎での未知の毎日を。
「だからって、一人で何日も向こうで過ごすだなんて。……公平も嫌でしょう?」
母さんが僕に視線を向ける。
僕はずっと押し黙っていたが、恐る恐る口を開いた。
「……嫌じゃない。僕、行ってみたい」
それを聞いて、母さんは目を見開いた。
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