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「ああ、見えるよ」
俺は目の前に見える、姫乃木町駅を見やり、そして彼のいう「ご依頼主」らしき人物に焦点を合わせた。首にマフラーを巻き、薄藍色のセーターを着た一人の女の子が、ぽつんと駅前のベンチに腰かけていた。寒さに身を縮こませているせいか、遠くから見るとまるで小動物のようだ。
『もう分かってると思うけど、ご依頼主さんは既に心損している』
「俺に任されるような奴だ、分かってるよ」
『話が早くて助かる。じゃ、幸運を祈るよ』
そう言うと相手からの電話は切れた。俺は無造作に携帯を上着のポケットにしまうと、ゆっくりと少女の元にまで歩いて行った。
半ば彼女の方も、俺が自分の担当だと気づいたのだろうか。こちらが近づいて行くと顔を上げ、目の前にやってくるまでじっと俺のことを見つめてきた。俺は両手をポケットに突っ込んだまま、その少女を見下ろす。
相手から先に何か言ってくると思っていたが、思いのほか辛抱強かった。冷静に、彼女は俺から目をそらすこともなく、あるいは逸らすことも出来ず、微動だもせずにいた。俺は心の中でとりあえず一安心し、話がしやすいように少し笑みを作って口を開いた。
「どうも。話には聞いていると思うけど俺が……」
「誰が口を開いていいなんていいましたか」
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