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誕生日というイベントがただの平日に成り下がったのはいつの頃だっただろう。黒瀬幸太郎は道の真ん中でぼんやりと考えていた。半袖のシャツからはじっとりと汗が滲み、空の上に投げ付けられたような太陽が派手に散って輝いている。 8月24日、今日黒瀬は21歳となった。 大学も夏休みに突入し、友人たちは皆思い思いの行動で夏を満喫していた。連日海に行く者、実家に帰省して羽を休める者、集団でペンションに行く者、予定は様々だ。 白紙だという友人もいるが、そうなれば家にいた方がいいということは明白である。夜中ですら30℃の前後を記録する真夏日に、わざわざ外出して友人の誕生日を祝う者など皆無だ。それは高校の時から感じていた。 毎年黒瀬は誕生日を1人で過ごしていた。大学のために長野県から遥々上京してから、勿論地元の友人もいない。わざわざ交通費を出して両親に祝ってもらうのも億劫になっていた。 渋谷の人混みにも慣れたものだった。大体どこの方向に人が進んでいくのかを予測すれば、上半身だけ翻していれば満足に歩くことはできる。東京にストレスを感じていた3年前が嘘のようだ。 前々から友人に勧められ、気になっていた店で数着衣服を購入する。黄色の紙袋を提げて太陽の下に戻ると、一瞬で汗が噴き出してしまいそうだった。手の甲で玉のような汗を拭う。さて、ここからどこに行こう。全く予定を立てていない黒瀬にとって今が自由なのか不自由なのか、まるで理解できない。だからこそ選択肢は幅広かった。 宛てもなく彷徨う為、黒瀬は鬱蒼と蠕く人混みに飛び込んだ。
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