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「まぁ。今日誕生日なの?」 酒が進むにつれて口数も多くなった。生ビールを2杯、レモンサワーの3杯目を口にして黒瀬は頷いた。橘は口元に手を当てて驚いている。カウンターの向こうから声が飛んできた。 「兄ちゃん、いくつになった。」 白髪が目立ってどこかふくよかな男性はワイシャツのボタンを2つ外して言った。少し声を大きくして答える。 「21の歳になりました。」 何故か歓声が沸く。歳を重ねた者にとって若さは永遠に手に入らないものだ。1560年に貴族の家庭で生まれたエリザベートは若さを手に入れるためにアイアンメイデンという処刑道具を作り、少女の生き血を啜っていたという。そこまでしないと手に入らない若々しさが羨ましく見えるのは仕方がないのかもしれない。その男性は酒瓶を手に持って言った。 「涼子ちゃん、その兄ちゃんに同じものを。俺からの誕生日プレゼントだ。」 こういった会話が居酒屋での醍醐味だった。名も出自も知らない客と酒の勢いで会話を弾ませる。仮に相手が処刑道具で若者の生き血を啜っていたとしても、そんなことすら気にならない。あらゆる制限を外してくれるのが居酒屋だ。軽く返事をして橘は厨房の背後を支える棚に目をやった。色とりどりの酒瓶が並ぶ中で1本を手に取り、お猪口と共に差し出す。見たことのない日本酒の説明は、対岸にいる男性が担った。 「三重の純米吟醸、而今だ。千本錦無濾過生って言ってな。山田錦と中生新千本の交配だ。うまいぞ。」 こういった知識も今後役に立つのだろう。感心して黒瀬は酒瓶を眺めた。筆で書かれたような字体の酒名がシンプルな見た目で、どのような味かをよりかきたてた。 蓋を開けて黒く小さなお猪口に注いでいく。少しだけ濁った酒を啜ると、口内で果実を搾ったかのような甘みが広がった。日本酒特有の風味もあって体がぽっと暖かくなる。頬裏に溜まった熱い息を吐くと、対岸から更に歓声が上がった。 「うまそうに飲むじゃねぇか。涼子ちゃん、もう1杯。」 余計に活気付いた店内の隅で、木目の天井を見上げた。体を無数の手が撫でるように感じてたばこを燻らせる。口いっぱいに広がった甘みと苦みが混ざり合ってひどくうまかった。
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