高雄の素顔?

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 恋かもしれない…  違うかもしれない…  なんてことはない!  これは、恋に決まっている!  これこそ、恋に決まっている!  もう何度目だか、わからないほど、自分自身に言い聞かせたときだった…  スマホが突然鳴った…  また、あの杉崎実業の人見人事部長からかもしれない…  私は、思った…  急いで、スマホに表示された名前を見る…  そこには、杉崎実業の名前はなかった…  一体誰からだろう?  私は、考える…  番号非表示ではなく、知らない電話番号…  出るか?  出ないか?  悩む…  出るべきか?  出ないべきか?  悩んだ…  が、いつまでも、悩むのは、性に合わない…  私は、電話に出た…  すると、  「…竹下さんですか?…」  と、どこかで、聞いたような声が、スマホから、洩れてきた…  「…誰?…」  思わず、聞いた…  いや、  すでに、考える前に、手ではなく、口が出ていた…  本当ならば、冷静に、  「…どなた様ですか?…」  と、聞けばいいのだが、後の祭り…  私の性格上、そういうことはできなかった(笑)…  「…高雄…高雄悠(ゆう)です…ご無沙汰しています…」  スマホの奥から、声が流れてきた…  …高雄?…  …高雄本人か?…  私は、今、オマエのことで、悩んでいたんだぞ…  思わず、言ってやりたかった…  しかし、できなかった…  いかに、私が短絡的といえでも、さすがに、それはできなかった…  …さすがに、私は、そこまで図々しくはない…  いや、  …強気ではない…  私は、そう言いたかったのかもしれない…  だが、うまく言葉を見つけることはできなかった…  自分の心の中を、うまく伝えることができなかった…  だから、黙った…  どう答えていいか、わからなかったからだ…  それを、勘違いしたのだろう…  「…なんだか、竹下さん…もしかしたら、ボクのことを怒ってます?…」  と、いきなり、高雄が電話の向こうから、言ってきた…  私は、仰天する…  私が、どう答えていいか、わからないから、黙っていると、高雄が、勝手に、私が、考えてもいないことを、言い出した…  …これは、面白い…  とっさに思った…  私が、黙っていることで、高雄が、勝手にというか、一方的に、自分が、思っていることを、口にしている…  だったら、このまま、私が、受け身でいれば、どうなるのだろう?  高雄は、一体なにを言い出すのだろう?  私は、それに興味津々というか…  高雄が一体なにを言い出すのだろうと、考えると、実に興味深かった…  だから、わざと、変事をしなかった…  わざと、  「…」  と、黙ったままだった…  そして、高雄が一体どう出るだろうか?  考えた。  すると、あろうことか、高雄もまた、  「…竹下さん…」  と、言ったきり、  「…」  と、沈黙した…  だから、互いに、黙ったまま、相手の出方を窺った…  まるで、ボクシングかなにか、格闘技で、互いに、相手の出方を探っているようだった…  右からくるか?  それとも、  左か?  私は、そんな気分で、高雄の言葉=出方を待った…  あるいは、これは、高雄もまた同じだったのかもしれない…  スマホを握り締めたまま、高雄の言葉を待っていると、不意に、  「…申し訳ありません…」  と、高雄が電話口で、大きな声で言った…  私は、驚いた。  だが、黙っていた…  「…竹下さんが、そんなにボクのことを怒っているとは、思いませんでした…」  高雄が、電話の向こうから言う。  …私が、怒っている?…  …別に、私は、怒ってなんか、ないさ…  私は、言いたかった…  でも、言わなかった…  私は、黙ったまま…  黙ったままでいた…  すると、今度は、  「…できれば、竹下さんに、直接会って、お詫びしたいんですが…」  と、高雄の言葉が続いた…  …直接、会って詫びる?…  意外な言葉が、高雄の口から出た…  どういうことだ?  いや、  どうして、そんな話になる?  私は、考える。  私が、  「…その必要はないさ…」  と、言い出す前に、  高雄が、  「…竹下さん…時間はあります?…いつなら、会えます…」  と、半ば、強引に、聞いてきた…  これでは、まるで、デートの誘いだ…  私は、高雄が、あまりにも、強引なので、絶句した…  私にとって、高雄は、もっと、草食系で、おっとりしているというか…常に恋愛で受け身のはずの男だった…  それが、高雄悠(ゆう)だったはずだ…  それが、ものの見事に裏切られたというか…  以外と言うか、予想外の展開になった…  「…竹下さん…」  と、高雄が続ける…  「…一体、いつの日ならば、空いてます?…」  と、半ば強引に、高雄が言った。  私は、呆れたというか、絶句したというか…  どうして、いいか、わからなかった…  ただ、やはり、このまま、黙っていると、強引に、高雄のペースに巻き込まれてしまう…  その恐怖というか…  その危険が、私の中に芽生えた…  だから、とっさに、  「…バ、バイトが…バイトがあるから…」  と、口に出した…  そうすれば、うまく、断ることができる…  高雄は好きだし、会いたくないわけはない…  いや、むしろ、会うのは歓迎だった…  だが、今のように、いきなり、高雄から電話がきて、半ば、強引にデートの誘いを受けると、怖いというか…  はっきり言えば、高雄のペースにはまるのは、困る…  高雄のペースに巻き込まれて、私、竹下クミが、いつのまにか、私が知らないところというか、意識しないところに、連れていかれるというか…  普段の私ならば、絶対に承諾しないようなことを、承諾してしまうかもしれない…  言葉にすると、長いが、ふいに、そんな感情が芽生えた…  もしかしたら、無意識に、あの稲葉五郎の件が、私の脳裏をよぎったのかもしれない…  稲葉五郎が言った、死んだ山田会の古賀会長が、生前探していた娘が、私だという、ウソというか、間違い…  どうして、そんな情報が、流れたのかは、わからないが、とにかく、そんなことを、無意識に思ったのかもしれない…  私は、考える。  と、ここまで、言葉にすると、長いが、実際は、5秒か10秒程度の時間だった…  すると、高雄が、  「…だ、だったら、バイトがない日に…」  と、なおも強引に、私を誘った…  私は、呆れたというか、言葉を失った…  っていうか、それほど、私に会いたいのかとも思った…  一体、なんのために、会いたいんだ…  内心、腹が立ってきたというか…  だから、つい、  「…このところ、人手不足で、毎日バイトに入ってるので…」  と、強い口調で言ってしまった…  自分でも、まさか、高雄相手に、こんな強い口調で、言ったのには、驚いたが、口に出してしまったのは、仕方がない…  高雄もさすがに、  「…わかりました…」  と、引き下がった…  私は、安心した…  正直、高雄と二人で会う機会を自分から、逃したのは、自分でも信じられないミスと言うか、ありえない出来事だったが、やはり、今は、高雄のペースに巻き込まれて会うのは、まずい…  これは、もしかしたら、私の直感というか…  危機意識の表れだったのかもしれない…  結局、この日は、電話だけで、高雄は引き下がった…  まさか、高雄としても、これ以上、粘るわけには、いかなかったのだろう…    私は、翌日、バイト先のコンビニで、店長の葉山相手に、  「…ひとって、どうしても、外見というか、ルックスだけで、判断しがちというか、やはり、そのひとに会ったときの第一印象って大きいですね…」  と、つい、ポツリと呟いた…  ちょうど、お客様がいないときだったので、つい、葉山相手に世間話と言うか、とりとめのない話をした…  「…どうしたの、竹下さん…いきなり、そんな話をして…」  「…いえ、やっぱり、どうしても、人間って、第一印象っていうか…初めて会った時の印象って、大きいって思って…」  「…それは、当たり前だよ…竹下さん…」  「…当たり前って?…」  「…誰だって、初めて会ったとき、このひとは、こんなひとって、漠然と思うだろ? …具体的には、このコンビニでいえば、初めて、会ったお客様で、なんて、キレイな女のひとだろうとか、なんて、イケメンなんだろとか言うのは、わかりやすい例だろ?…」  「…」  「…誰だって初めて会った人間には、形から入るっていうか…年齢とか、美人とかイケメンとか…それから、頭が良さそうとか、性格が良さそうとか、内面に入る…そして、そういう人間なんだろうと、漠然と、相手を決めつける…だから、そのうち、付き合いだして、よく知るようになると、最初のイメージと違うってなる人間は、多い…もっとも、多いのは、性格がいいと思って付き合いだしたら、悪かったり、真逆に、オラオラ系で、性格が悪いと思ってたら、案外良かったり…とにかく人間は、外見じゃ、なにもわからないよ…」  店長の葉山が言う…  ひどく当たり前のことだった…  私もまた同じ…  私、竹下クミも同じだ…  ちょっと会ったばかりの高雄に対して、大げさにいえば、白馬の王子様のように、思っていたのかもしれない…  自分でも気づかなかったが、著名なヤクザの息子とはいえ、あの杉崎実業の親会社、高雄総業の社長の息子…  ヤクザの息子とはいえ、セレブに違いない…  しかも、本人も、セレブにふさわしい雰囲気を持つ、爽やかなイケメン…  誰が見ても、一目で信用できる人間に見える…  しかし、実際は違うのかもしれない…  たった今、店長の葉山が言ったように、中身は、見かけとは、まったく違うのかもしれない…  私は、今さらながら、それに気付いた…  その事実に気付いた…  外見と内面は違う…  当たり前のことだが、誰もが、騙されるというか…  どうしても、ルックスに目が行きがちだ(笑)…  高雄のように、爽やかなイケメンならば、当然、中身も、イケメンと言うか…裏表のない誠実な人間に違いないと、勝手に決めつける…  だが、当然、そんなことはない…  ルックスはルックス…  中身は、中身で、それぞれが、別個のモノ…  誰もが、ルックスから、中身=性格を、こうだろうと、想像するが、これが、案外当てにならない(笑)…  真面目そうな男が、あっちの女、こっちの女と、手当たり次第に、女を食いまくるのは、よくある話だし、女も同じ…  誰が見ても、おとなしそうな女が、実は性に関しては、乱れまくっているというか、性に関して、奔放すぎるというか…  そんな事例は男女ともに、事欠かない…  真逆に、ヤンキー系が、性に関して、乱れまくっているかといえば、やはり人それぞれだろう…  性格に関しても、同じ…  真面目そうな人間が、実は、真面目でなかったり、誰が見ても、ヤンキーで、いい加減そうな人間が、そうじゃなかったりするのは、どこにでもあること…  22歳にもなって、自分でも、そんなことは、わかっているはずなのに、どうしても、高雄のような爽やかなイケメンを前にすると、中身=性格もイケメンに違いないと、なんの疑いもなく、そう思ってしまう…  我ながら、実に情けないというか…  実に、おバカさんだ(涙)…  そう思うと、ひどく落ち込んだ…  普通に考えても、落ち込むことなのに、今は、あの杉崎実業に内定した四人の女を知った…  林は超が付く金持ちのお嬢様だし、大場に至っては、次期総理総裁候補の大物国会議員のお嬢様だ…  そんな目の玉の飛び出るほどのお嬢様を身近に知って、自分自身を振り返った時に、実に平凡というか…  これまで、22年生きて、一度も自分が感じなかった、他人に対する負い目というか、劣等感というか…  これまで、感じたことのない感情を感じた…  要するに、それまで、22年間、生きてきて、林や大場のような、お嬢様を知らなかった…  だから、比べようがなかった…  いや、比べる必要がなかっただけかもしれない…  しかし、今、あの超が付くお嬢様を知って、自分がいかに平凡なのか、つくづく考えさせられた…  お金持ちでもない平凡な家庭に生まれただけでも、彼女たちに比べて、劣っているのに、中身=能力まで、劣っているのでは?  彼女たちならば、容易に高雄の素顔を見抜けるのでは? と、想像した…  そう考えると、とめどなく落ち込んだ…  まるで、目の前に、ブラックホールのような、黒い穴があって、その中に、はまったように、気分が落ち込んだ…  いや、泥沼にはまったようにというか…  ズブズブと、気分が落ち込んだ…                 <続く>
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