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三大欲求のうちの二つ
智の喃語が耳に入ってきて、真人はハッとした。いきなり開眼したせいで、目の奥がピシっと痛んだ。タバコの臭いがする。
真人は座っていた。三脚横に並べてあるパイプ椅子の真ん中に。
「智!」
思わず声を上げていた。背中に何もない。空っぽだ。
周りを見る。目の前にはテーブルがあった。ミシンと灰皿が載っている。
四畳程度の狭い部屋だ。どの壁にも寄り添うように段ボール箱が置いてある。
真人は慌てて出口のドアを開け、外に出た。
視界に入って来たのは、日上の後ろ姿だ。予想外の情景――智をおんぶしながら、彼が接客をしている。
「あれ? 日上さんの子供ってそんな小さかったっけ?」
揶揄するように、常連客らしい男が日上に話しかけた。
「俺の子じゃないよ。友人の子をちょっと預かってるだけ」
和やかな会話だ。少し相手の客が羨ましくなった。
客が店を出て行った瞬間、日上が後ろを振り返ってきて、真人をギロリと睨んだ。
「やっと起きたか。一時間経ってるぞ」
ということは、その間、智を負ぶって店に立っていたということか。
「すみません!」
謝るしかない。迷惑をかけにここに来たようなものじゃないか。
何回も腰を曲げたせいか、腹がグウと鳴った。それもかなりデカい音が。
日上が呆れ顔になり、智がわっと泣き出した。
「ここに食べ物はねえぞ」
「すみません、あの、もうちょっとだけ智を預かっててもらえますか」
真人はもう我慢ができなかった。空腹で頭がおかしくなりそうだ。あれが食べたくて堪らない。
大事な頼み事だと感じたのか、日上が「なんだ? どこか行くのか」と眉をひそめて聞いてきた。
「クレープ屋に行ってきます」
「はあ?」
真人はダッシュして、開きっぱなしの店内のドアから外に出た。
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