93人が本棚に入れています
本棚に追加
真っ黒な顎ラインの髪に、パッツリ切りそろえられた前髪。大きな丸い眼鏡の下、雪みたいに青白い顔の女子が入り口で立っていた。
「あー……すんません、勝手に入っちゃって」
地味な女子。学年が分からないから、とりあえず敬語で様子見。
入り口で呆然と立ち竦む女子は、俺の声に大袈裟にビクリと震えた。ハムスターみたい。
「あ、見られちゃったあ。ごめんなさーい。すぐに移動するんで」
彩奈が得意の愛想笑いで返した。
「お、お構いなくっ」
幽霊みたいに真っ白な頬が、みるみる色づく。りんごみたいに。
「もしかして家庭科部?」
懐っこい鼻にかかった声で、彩奈が可愛らしく首を傾げる。こくり。彼女は無言で頷いて、ずり落ちそうな眼鏡のフレームをくいっと直す。
「わ、忘れ物をっ!」
目にも止まらぬ速さとは、このことを言うのかもしれない。入り口に佇んでいた彼女は、絞りたてのレモンを口に含んだような顔をして、俺たちの右隣に置かれたワゴンまで一直線に駆け寄る。
まるで俺たちを視界に入れたくないかのように、顔を背けたまま、ものの数秒でワゴンの中から紙の束を引っ張り出し、逃げるように走り去った。
「あれ……二年だったねー、愛想悪いー」
彩奈が小馬鹿にしたようにカラカラと笑い声をあげる。
「なんで分かったん?」
「リボンのね、ラインの色が違うんだよ。あたしのは赤でしょ? さっきの子は白。晴のネクタイだって同じラインが入ってるじゃん
」
「俺ネクタイしないから分かんないわ」
「ネクタイしなくても晴はカッコいいもん」
甘い声音に変わって、彩奈が甘えるように首元に鼻をこすりつけてくる。
「何。ご機嫌じゃん」
「えー、初めて晴とキスしてるとこ誰かに見られたから、嬉しくって」
「変な趣味」
「だってあたし達が付き合ってるの、皆んなに内緒にしてるじゃん」
「は?」
え、どういうこと?
最初のコメントを投稿しよう!