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「父さんもさ、母さんの味と似た料理を食べると、急に思い出が蘇ってきて泣いちゃうことよくあるよ」
「げ、それダサいだろ」
「え……やっぱりダサい?」
しゅんと項垂れる父さんの横顔は、相変わらず頼りないふにゃりとした柔らかさだけど、渚と住んでいた頃よりも、少しは頼もしくなったように思う。
「じょーだんだよ。誰かを思って泣くことは、人間にとって必要なことなんじゃねーの?」
「お、いいこと言うね。そうかもしれない、カタルシス効果は泣くことでも得られるからね」
「カタルシスって?」
「僕たちの医療分野では、精神の浄化作用って意味で用いられてるかな。泣いたり、吐き出せなかった思いを誰かに吐露することで、楽になれることをカタルシスを体験するって言ったりするね。あ、晴人、卵液貸して」
手を伸ばされて、持っていたボールを手渡す。手慣れた様子で父さんがカウンターにズラリと並ぶ調味料ケースから、砂糖と塩を取り出す。そしてなぜか、冷蔵庫からマヨネーズも。
「え、まさかマヨネーズ入れんの?」
「そうそう、これ清子さんの隠し味。知らなかったでしょ?」
「大丈夫かよ……」
「任せなさい!」
意気揚々とボールに砂糖と塩、そしてマヨネーズを投入した父さんが、熱されたフライパンめがけて勢いよく卵液をぶち込んだ。
「ばっ、勢いつけて入れすぎだよ!!」
「うわわあぁー!!」
ほんとに、よく医者が務まるなと心配しかないけど。
「何やってんだよ」
「晴人ごめん〜」
それでもやっぱり。
この人の息子に選んで貰えて、俺は幸運だと思う。
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