エピローグ

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もしも、実親の元でずっと暮らしていたら。 或いは、全く別の誰かに育てられていたら。 きっと、霧山晴人という人格は形成されなかった。 価値観も、他者との関わり方も、使う言葉ひとつとっても。俺の礎となる部分が何を吸収してきたかで、人間性ってのは大きく影響されてしまうのだと思う。 積み重ねて来た何気ない経験や、注がれてきた愛情や。交わした言葉や。 その全部で、今の俺自身が出来ている。 だから俺の人生は、かつて廉次が言ったように俺だけのものじゃないってのは、今なら分かる気がする。 「んで? 失敗した卵焼き食い過ぎて、腹痛いとか、お前馬鹿だろ」 「うっせーわ」 失敗した卵焼きを、さすがに全部夕食にまわすのはキツいなと父さんと話した結果、俺が引き受けることにした三本(卵6個分)。 出がけに胃に詰め込んだせいなのか、2限の終わりから死にそうなほど腹が痛い。 そして今は保健室のベッドの上。 西園寺さんと話した日のことが遠い昔に思える。 「挙句に、この弁当を神崎さんに渡してこいって?」 廉次が俺の弁当箱を片手に、額をビシビシとデコピンしてくる。しかめっ面で見下ろしてくる視線は、呆れかえっていた。 腹痛で悶絶してる病人に向かってこんな仕打ち、本当ならブン殴りたいとこだけど、弁当を託さなきゃならないから、ここはぐっと我慢だ。 「悪いって……本当は直接渡したいのは山々なんだけど」 「何で弁当なんだよ。お前らまさか付き合ってんの?」 「だーかーらー、違うって言ってんじゃん。前にさ、俺ん家の卵焼きもう一回食べたいって言われて、そこから全然会えなくてさ。明日から自由登校になるから俺予備校漬けになるし、来月は卒業だし、だから今日渡すしかないと思ってさ。なのに……何でか知らねえけど、神崎さんに避けられてるんだよ、最近」 そう。実はここ一ヶ月ほど、俺は神崎さんに避けられている。教室に行っても、家庭科部を覗いても、毎度逃げられてしまい、まともに話すら出来ていない。 少し前までは、そんなこと無かったのに。
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