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「卵焼きをもう一度食べたいと、言ったのは私です……っ、ですが、それでお腹を壊されては困ります」
神崎さんは俺の隣に立ったまま、何度も手の平で涙を拭う。
「うん」
俺たちは、本当の優しさが、何なのか疑いすぎて。何が正しくて、何が間違っているのか、時々こうして迷子になる。
「私は一年前、霧山先輩に優しくしていただいたのに、その御礼をしたいと思っているのに……あなたを目の前にすると、上手く言葉に出来ません」
「うん」
なあ、神崎さん。
やっぱり俺たちはさ、違うけど、似てるんだよ。
「自分の事を知られるのが怖いのだろうと、霧山先輩には偉そうに言っておきながら……私は……本当は私の方が……っ」
「うん、怖いよな。でも……あの夜、勇気出して教えてくれたんだよな」
一度でも、絶対的な存在に拒絶された心は、もう一度心から誰かを信じることに恐怖を抱いてしまう。渚がかつて、心を壊して、自らを防衛したのと同じように。
これはあくまでも、俺の想像にすぎないけど。
たとえば、何を言われても平気だと、自分の意識をコントロールしたり。平穏を脅かす人間には予防線とばかりに、辛辣な言葉で遠ざける。
そうやって、神崎さんは自分を守りながら生き抜いてきたんじゃないかって。
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