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「神崎さんはさ、俺たちって、不幸な部類に入ると思う?」
手にもっていた赤いランチバッグから、一段の弁当箱を取り出す。俺の持ってきた弁当箱とは違って、手の中にすっぽり収まる小さなサイズ。
その中身を俺は多分知ってる。
「他人から見れば……そうなのかもしれません」
「だよな。俺たちの出自っていうか、出発点ってさ、結構過酷な方だと思うんだよ。でもさ……俺は今、めちゃくちゃ幸せ」
黄色いチェック柄の蓋を開ける。
思っていたとおり、中には卵焼きがぎっしり詰め込まれていた。
「そうですか。それなら────」
ベッド脇に立っていた神崎さんの身体が僅かに動いて、引き止めるように腕を掴む。
今日だと思った。
俺のために、もし本当に母さんの卵焼きを練習してくれていたのなら、俺ともう会わなくてもいいタイミング。
卒業式か、或いは卒業までほとんど会えなくなってしまう、自由登校期間前日の今日。
後腐れなく、この俺たちのおかしな関係を、すっぱり切ってしまえるとしたら。
なんの特別感も抱かない今日じゃないかって。
「神崎さんは今、幸せ?」
俺の言葉に、ほんの僅か神崎さんの目が瞠く。
「ええ……それは、まあ……幸せですけど」
「だったら、その幸せの近くに、俺がいたら迷惑?」
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