エピローグ

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「い、意味が、わかりません……」 戸惑う神崎さんの顔から、視線を手元に落とす。弁当箱の中から、卵焼きを一つ摘んで口に運んだ。 今朝、散々食べたはずの卵焼きは、食感も、味も、俺が作ったものとは全く違っていて、母さんの作る甘さ控えめの、ほんのりしょっぱい味。 「すごいな……本当に母さんのと同じ味。でも、この卵焼きで俺は最後にしたくない。これ貰って、サヨナラとか……俺はやだ」 「やだって……子どもですか」 神崎さんの顔が呆れたようにふっと緩み、つられるように笑みを向ける。 「今はまだ子ども。親に頼らなくちゃ生きていけないし、教養も浅いからもっと勉強しなくちゃいけないし。だからさ、これから大学入って勉強して、将来のこととか考えて……そう思ったとき、そこに神崎さんがいないのは、やっぱ嫌なわけ。誰かに言いにくいことも、神崎さんには言えるし、神崎さんの悩みも俺が聴いてやりたいって思ってる。意味わかる?」 「わ、分かりませんっ。ちょっと霧山先輩頭でも打ったのではないですか? お弁当箱返してください、お腹痛いでしょうから今日は持って帰りますっ!」 顔から湯気でも出そうなくらい真っ赤になりながら、弁当箱を奪おうと、神崎さんが手を伸ばす。 分からないとか言いながら、どう見ても分かってんじゃん。 「ちょっ、やめろっ。卵焼きがこぼれるって!」 神崎さんの手から守るように弁当箱を身体の後ろに隠す。 「返して下さい! もう霧山先輩とは金輪際会いません! 人を揶揄うにもほどがあります!」 目一杯伸ばされた手首を、すかさず引っ張っる。小さな神崎さんの身体は軽々とベッドの上に乗り上げた。もちろん、神崎さんの下には俺。 「揶揄ってないっての」  「ひっ!」 手首を掴んだまま、俺の身体の上に乗った神崎さんをしたり顔で見上げると、今にも泡でも吹きそうな表情。本当笑える。 半分冗談だけど、半分本気なのは、きっとまだ、伝わらないだろうな。 だけどこれくらいしておかないと、神崎さんは俺の気持ちが真剣だと信じてくれないだろうから。 後頭部に手を添えて、小さな頭を引き寄せる。まつ毛が触れそうな距離でそっと囁いた。 「もう会わないなら、最後にキスするけど、いい?」 「ひーー!!」
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