家庭科準備室の匂い

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ぶるっと身震いした。 「付き合ってる……の? 俺たち」 「え? 何言ってんの? だって大切にするって言ってくれたじゃん!」 「いやいや、体だけ満たされたらいいからって彩奈が言ったんだろ?」 「そんなこと言ってない! 誰と勘違いしてんのよ!」 あ、ミサトちゃんか。 「いや、とにかくさ」 「いいよ、言い訳とかいいから。ちゃんと付き合ってくれたら許してあげるし」 恋は盲目。 誰の名言か知らないけど、きっと目の前にいる彼女は間違い無く盲目だと思う。 もしも至極まともで、脳機能が正常に働いているのであれば、俺なんて彼氏に選ぶわけがない。 「あのさぁ、そーゆーの、俺パス」 「ぱ……す?」 綺麗に化粧された彩奈の顔が歪んでいくのはホラーだ。 「付き合うとか向いてないし」 「はあ!? 散々やっといて馬鹿にしてんの!?」  勢いよく振り上げた彩奈の右手が、俺に向かって振り下ろされる。バチンッ。 「いっ、いてっ、痛い、痛いって!」 連続四ビンタ。しかも左頬のみ。せめて交互にしてくれ。 四殴打はさすがに彩奈の小さな手の平に負担があったようで、五度目は振り下ろされることなく、拳を握りしめただけだった。 彩奈は今にも泣きそうな顔で俺の膝の上から立ち上がった。 「絶対許さない! 晴なんて死んじゃえ!」 どこかで聴いたような台詞を吐いて、彩奈は短いスカートを翻し家庭科準備室から飛び出した。 誰も居なくなった家庭科準備室はとても静かで、ほんの少しだけ小麦粉みたいな匂いが漂っていた。 手作りのクッキーとかって、いつから食べてないんだろ。 「こんな人生……俺だって辞めてーわ」
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