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狐とか、猫ならメインクーンとか。
とにかく人を寄せ付けない美人で、寝起きの機嫌の悪さは家を破壊できるくらいに怖い。それが廉次の三つ上の姉貴。美智子。
彼氏と同棲中らしいが、喧嘩をするとこうして実家に帰ってくる。こんな時はすこぶる機嫌が悪い。
彼女の逆鱗に触れでもしたら、肋骨の一本くらい捨てなければ身を守れない。
諸悪の根元は、美智子が痴漢に悩んだ挙句、中学から始めた護身術のせいだ。ムエタイなんて誰が勧めたんだか。
そろりそろりと、すり足で美智子の部屋の前を通過する。築二十年の黒川家の廊下は、床の軋みひとつあげない素晴らしい造りだ。
お陰で俺は肋骨もへし折ることなく、午前四時の危険領域を無事脱出し、廉次の部屋へと飛び込んだ。
「セーフ……腹減った」
廉次の部屋はいつ来ても汚い。
汚いと言っても本当に汚れてる、とかじゃなくて。部屋の収納力を超えた雑誌とか釣竿とか魚拓とか、クーラーボックスとか、釣竿とか。
とにかく趣味の釣りで将来生計を立てるつもりなんじゃないのかと思えるくらい、釣竿と魚拓で部屋が埋もれていた。
死んだ魚の目は怖いけど、魚拓だと可愛い気がするから別に気にしない。
左右に立てかけられた釣竿の間を通って廉次のベッドへと腰を下ろす。
目の前のローテーブルに置かれていた封を開けたばかりと思われるラッキーストライクを掴む。トントン。箱を叩き出てきた一本を引っ張りだし咥える。
「やめろや」
缶コーラを両手に部屋の入り口で突っ立っていた廉次が怪訝な表情を浮かべていた。
「何で? いっぱいあるからいいじゃん」
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