家庭科準備室の匂い

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例えば、音楽だとか、小説だとか。 或いは場所とか、思い出とか、恋人とか。 とにかく人間は何かに縛られるのが好きらしい。 「ねーえ、はるー。放課後どっかいこーよ」 俺の場合は、匂いとか。味とか。 たぶんそんな下らないものに縛られている。 「どこに?」 「どこでもいーよ、晴と一緒にいれるなら」 俺の左耳に手を伸ばし、軟骨部分のチタンボールを指でつつく彩奈(あやな)。 「これ痛かった?」 「別に」 「あやも同じの開けよっかな」 「親から貰った体は大事にしろよ」 「晴は開けまくってるじゃん」 「親が嫌いだからいーの」 彩奈の耳は形も綺麗で、女子にしては珍しくピアス穴ひとつ開いていない。触るとつるつるして気持ち良い。 「カラオケ行く?」 「もうここで良くない?」 「やだよ、何も無いし。そもそもなんで家庭科準備室なの?」 「美味しそうな匂いがするから」 彩奈は俺に従順だった。 言えば何でもしてくれるし、我が儘だって少ない。胸もDカップで申し分無いし、やってる時の声も好き。香水臭いのは嫌い。 だけど彼女ではない。 「あや、料理上手って言われてるから今度お弁当作ってあげよっか? 最近晴ってご飯全然食べないから心配だもん」 「へー、やさしーね。じゃあお願いしよっかなー」 「なに食べたい?」 「卵焼きとか?」 ラッキーアイテムらしいし。 スマホでパズルゲームをする俺の膝の上に寝転んだまま、彩奈がズボンのチャックに手をかける。おいおい。 「ちょーい、まだ昼休憩じゃん。我慢しろって」 手を払いのけると、珍しくムッと彩奈が頬を膨らませる。 「だって不健全。二人っきりなのに何もしてこないんだもん」 彩奈が何かを訴えるように上目遣いで見つめてくる。可愛いけど。 「なに、寂しいの?」 「うん。あやはもっと激しい愛を感じたいの」 どういうこと? そもそも俺たちに愛なんて最初から無いじゃん。 「ちゅーしたげるから、こっちおいでよ」 「えー……まぁ、ちゅーでも、いいけどぉ」 膝の上から彩奈の長くて茶色い髪がサラサラと離れていくのを目で追った。 膝上の短いチェックのスカートから見える太ももは、健康的な張りと艶があって、窓から差し込む陽光で美味しそうに光る。 「彩奈、ちょい痩せた?」 「ほんと? 嬉しい」 その太ももを弄るように手を這わす。 膝上で向かい合うように乗ってきた彩奈の身体からは、いつも人工的な香りがして苦手だった。 安っぽくてトイレの芳香剤みたいで、ここ最近は吐き気すら催す。 だけど俺も彩奈も。 きっと身体のどこかに、似ている穴が開いていて、それを埋めることに必死なのかもしれない。 こうして、夢中に唾液を交換できるくらいには。 ────ガラガラ 「あ、」 「え、」 「ギャッ!」
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