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「俺さ、思い出したんだ」
「思い出すって……何を……」
戸惑う神崎さんの前に立ち、眼鏡にそっと手を触れる。驚いて一歩後ずさる神崎さんの腕を掴んだ。
「眼鏡。いつからかけてんの?」
耳にかかったフレームを持ち、ゆっくりと神崎さんの顔から外す。眼鏡が無くなったその顔は、一年前、ゴミ箱の前で出会った面影がはっきりと見てとれた。
「やっぱり……あの時は、かけてなかったんだよな。だから、全然気づけなくてさ。ほんと、幻滅させてごめん」
ふわりとした黒髪の下で、茶色がかった黒い瞳が揺れる。
強がりと、苦しみと、孤独をたっぷり内包した感情が、透明の雫になって、神崎さんの頬を転がり落ちた。
「え、わっ、ちょっ、なんで泣くんだよ!」
「最低……っ、だからです……こんなの最低最悪です。私の人生において、霧山先輩と出会ったことは、不幸のどん底に落ちたと同義ですっ」
ポロポロ。音が聴こえて来そうな大粒の涙がまた零れて。それなのに涙を零す彼女の表情は子どもみたいに、無垢で穏やかさに満ちていた。
その雫を手の甲で拭ってから、手にしていた眼鏡をもう一度神崎さんにかけてやる。
「うん……最低、だよな。でもさ、それってこの先、もう落ちることは無いってことだろ? 俺の頑張り次第で、上がる一方ってことだよな?」
「阿呆なのですか……」
ずずっと鼻を啜りながら、眼鏡の位置を直す神崎さんは、すっかりいつも通りの落ち着いた表情を取り戻していた。
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