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「俺が阿呆なのは知ってるだろ? いつまでも後ろ向きなことばっか考えるし、神崎さんに背中押して貰えなかったら、家族と向き合うことも出来なかった。だから、ほんとに、神崎さんには感謝してる」
「ご家族とは……その……お話は」
「うん。しっかり話せたし、わだかまりも解けた」
「なら……良かったです」
ほんの僅か、視線を逸らした神崎さんが、安堵ともとれる小さな息を吐き出した。そんな些細な仕草ひとつに、胸が熱くなる。
「でさ……あの夜、神崎さん言っただろ? 俺には足りてないって」
「飴のことですか?」
涙味の飴玉。
きっとそれは、俺たちの苦しみが詰まった心の欠片。
融けて、身体の一部になって。
そうして涙に姿を変える。
だとしたら────
「そう、あの飴……実は色々あってさ、渚にあげたんだ。だから俺にはまだ、大切なものが足りてないんだよ」
「飴が欲しいのですか?」
どうせ涙を流すなら、笑える方がいい。
例えば、俺のことが大嫌いで、それなのに俺の好きな卵焼きを練習していたり。不機嫌な顔を向けるくせに、心配するような言葉をかけてくれて。夜な夜な真剣に話を聴いてくれたあと、別れ際、塩味の飴を渡してくるような。
どこか笑える。
どこか変な。
そんな誰かが隣にいれば、泣くのも存外悪くない気がして。
だから、こっからは俺の頑張りどころ。
まぁ……一筋縄ではいかないだろうけどさ。
「飴じゃなくてさ。神崎さんが足りない」
「んなっ! お、おお、お断りしますっ!」
「はは、言われると思った」
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