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生きる
人は、人生を面白くするために物語を作った。
童話、神話、昔話、紀伝、数え出したら切りが無い。それぞれの物語には、実際には存在しない、架空の生物も存在する。
物語によってはそれらは、敵になったり、味方になったりする。だが、もし物語でしか存在しない生物が現実に存在したらどうなるであろうか。
交渉し、条約をつくる。否、相手が共通言語を話せる事はまず、ありえない。
武力でねじ伏せる。否、相手に物理法則が通じなければ意味は無い。
なら、人類はどうするべきか。物理法則にとらわれない存在、人類にはそれが必要だ。
◇
何も見えない真っ暗な場所に私は立っていた。
自分がどこにいるかさえも分からない。
「ねぇ、あなたはどんな存在になりたい?」
どこからか誰かが鈍い声で私に問いかけてくる。前にも聞いたことがある声だ。
「どんな、存在…か…そんなことにどんな意味が」
そして、目覚まし時計のアラームで私の意識は覚醒する。
「なんか変な夢だった。自分がどんな存在になりたいか…か」
まだ、寝足りないと言わんばかりの自分の顔が、机の上に置かれた鏡に映る。
火狐瑞葉19歳、両親は14年前に何者かにより、殺された。
その後、祖母の家で暮らし、高校卒業と同時に今、住んでいる名古屋に移り住んだ。
両親を殺した犯人は、未だに捕まっていない。
彼女は、いつも通り身支度を済ませ、大学に向かった。
◇
大学には、バカ騒ぎする奴や逆に大人しい奴もいる。
私は、どちらかというと大人しい方だ。正直、あんな猿同然のギャーギャー騒ぐことしか、知らない奴らとは関わりたくない。
教室に着くといつもと同じように、私は教室の前から2番目の窓側の席に腰を降ろす。
「ねーねー」と言いながら、私の肩をポンポンと叩いてきたのは、今まで、このキャンパス内で見たことがない女の子だった。
まぁ、沢山の生徒がいるんだ、知らない生徒がいても当たり前だ。
「隣、いい?」
私は「どうぞ」と短く答えた。彼女は、サファイヤのような透き通った瞳、青空をそのまま切り取ったような水色の髪をしていた。
「ありがとねー。私、夜月雫あなたは?」
勝手に自己紹介してきてこっちも自己紹介させよとか、普通に迷惑。こんな時は黙秘権を行使する。
「・・・・・・」
黙る瑞葉。
「ねぇ。聞いてる?」
「・・・・・・」
聞かなかった事にしようとする瑞葉。
「えい」
数秒間、互いに言葉を交わすことがなく、互いに自分のやるべき事をやり始める。
すると突然、後頭部に重いもので殴られた様な、大きな衝撃が走る。
「痛った!何をするのよ!」
どうやら、教材で後頭部を叩いたようだ。
「反応が無いから教材で殴った」
「わかってるわよ!あんたの常識はどうなっているんだ!」
雫はきょとーんとしたまま言葉を発さなく、私は自分の意思とは関係無く、一方的に怒鳴り続けていた。
どうして私、こんな感情的になっているのよ。
まるで、自分の体を借りて誰かが話しているような、そんな感覚。
「はぁーもう。朝から疲れた」
「なら、怒鳴らなければいいんじゃない?」
「原因を作ったあんたが何を言うか!」
気が付けば教室にいた生徒の目は全部私に向いていた。それに気づいた瑞葉は、荷物を持ち教室から走って出ていく。
周囲の視線が自分に向くのが恥ずかしいとか、そんなことは無い。ただ、勝手に体が動いた。
「待って!」
雫も自身の荷物を持ち瑞葉を追いかけた。
◇
人は過剰なストレス、何か辛い事に直面すると自分を守るために別の自分を生み出してしまう、簡単にいうと別人格ってやつだ。
なら私なんて今も今までもストレスしかない!
いっそ死んでやろうかなんて考えもした。
親無しだから他者に馬鹿にされ、差別されてきた。
私が何をした?私が罪を課せられるような事でも、働いたか?否、そんな事はしてない。
もう、こんな辛いことだらけの世界なんて消えてしまえばいい。
瑞葉は教室から出たあと、そのままずっと走り続けていた。
ぶつけることのない、自分の怒りを抱きながら。
30分くらいそのまま走り続けた。
気づくと私は知らない裏路地に来てしまっていた。
やっと体が言うことを聞いてくれた。さっきのはなんだったのか、私には分からない。
「ここ、何処?」
「おい、嬢ちゃん」
来た道の方を向くと自分より一回り大きいいかにも柄の悪そうな男数人が瑞葉の周りを囲っていた。
「ん?」
「暇なら、俺達と遊ばない~?」
「嫌、暇じゃないから」
次の瞬間、男達のうちの一人がが瑞葉の左手を掴んだ。
「離して」
「そんな事言うなよ~別にただ楽しい事するだけなんだしさぁあ?」
助けてくれそうな人はいない。
裏路地だから、大声出したって多分表通りの人に聞こえない。
なら、どうすれば…。
その時、『僕と変われ』と何処からか聞こえた。
「今、何か言った?」
「はぁ?何も言ってねぇよ!」
この人も、知らないと…。自分にしか聞こえていない声。
『もう、辛い事は嫌なんだろ?なら、僕に任せて』
まただ、だけど今度は視界がかすれて…。
「おぉい!コイツ、急に倒れやがったぞ」
「ま、良いんじゃね?やることには変わんねぇし」
ヘラヘラとこれから名も知らない大学生を襲おうと表情に出ている不良達。
『あー腹立たしい。汚れている。気持ち悪くてありゃしねぇ』
脳に直接語り掛けてくる誰かの声。だが、聞き覚えがあった。今朝の夢で語りかけてきた声と全く同じであったのだから。
意識が掠れていく中で何処と無く、この声に安心感を抱く。
「それも……って、女はどこに行った?て、あぁぁぁぁぁぁぁ!!腕がぁぁぁ!」
一瞬、目を離したら腕は切り落とされ、瑞葉が消えたのだから。
「お、おい!とりあえず抑えとけ!」
「別れてさっきの女を探せ!」
彼らは気づいていなかった。自分達の後ろに聳え立つビルの屋上には、血が垂れている大鎌を握った死神とも例えられる姿の誰かの影があった事に。
『始めよう。この物語を』
◇
雫は瑞葉を追いかけ、大学近辺の駅まで来ていた。
「結局、追いかけて授業すっぽかして来ちゃったけど、まぁいっか」
どこに行ったかも分からない、あの子を追いかけて来たものの、手がかりが一つもない。
連絡先ぐらい交換すればよかったかも。
『なぁ、私なら分かるかもしれないぜ』
「いや、無理でしょ」
『もしかしたら、私達と同じものかもしれないぜ?』
私と同じということはあの子もアナザーワンという事になる。
アナザーワンそれは、異能持ちの別人格を持つ人のことである。彼女、黎が言うには、4年前私が友人を無くした時、自分の中で生まれたらしい。
彼女の存在に気づいたのは丁度、1年前。
当時、剣道部で遅くまで練習があるのが当たり前になっていた。その日も日も沈んだ夜の8時に練習が終わり、街灯が町を照らす中私は下校していた。
「疲れたー、今日は課題も無いし来週から剣道の大会だから生活の基盤もしっかりしないと」
家は、学校の近所にあり、いつも踏切を渡った所の分かれ道の右を通って帰宅していた。
だが、その日だけはもうひとつの道を通って帰宅しようとした。
「にゃははははは!」
どこからか、変な笑い声がした。
「?!」
自分の周りに人影なんてない中、でも声だけはハッキリと聞こえる。
直ぐに肩にカバーをしてかけていた竹刀を取り出し構えた。
「にゃははははは!そんなんで、何かできると思ってんの?」
「誰なの!いい加減出てきて!」
「別に隠れてなんて居ないにゃ。もう、仕方ない」
電信柱から何かが降りてきた。
それが、街灯の真下に来た時、私は目を疑った。
明らかに人間では、無かった。
見た事の無い服装で背中には、漫画やアニメなどに出る竜の翼や尻尾、両腕は鉤爪のような形をしている。
「初めまして。私は二ビル」
「な、何の用ですか」
警戒をしつつ、ゆっくりと肩に掛けているに竹刀に手を伸ばす。
「用?そんなもの無いにゃ」
「なら…」
「でーもー、暇だからさ、楽しませてよ。その命を使って」
その言葉に雫の背筋は凍り付いた。この世の生物でないものにこれからどうなるか、殺されて血だらけになっている自分を想像した時、口から言葉が漏れた。
「命って…」
次の瞬間、二ビルは飛行しながら高速で距離を詰めてくる。
その勢いを利用し、雫は腹部を殴りつけられた。雫は衝撃で後ろに止まっていたトラックに叩きつけられた。
「がっ…あ…」
痛みが教えてくるこれは夢では無く、現実であると。勝機なんて無い。これが続いたら確実に死ぬ。雫の脳は激痛と今起きてる状況に頭が回らなくなっている。
「そんな1回でダウンされたら困るにゃ〜私が飽きるまで頑張って!」
「こ、この、キチガイが…」
「まだ、喋れるならいけるのにゃ~。行っくよー」
その後も、一方的な攻撃は続き竹刀で防ごうとしたが意味も無く竹刀ごと切り裂かれた。
このままだと、本当に死んでしまう逃げようにもあれが相手だと逃げれられるなんて到底思えない。
死にたくない、まだやりたいこといっぱいあるのに…。
そんな思いと共に涙が溢れていく。
『なら、変わって…』
突然、知らない女の子の声が頭の中に響く。
「え…?」
「ほらほらー、次行くからさー立つにゃ~」
『死にたくないなら、変わって…この状況からあなたを生き残らせてあげる。あなたはただ体を委ねるだけでいい』
死ぬぐらいだったら…。
「もう!どうにでもなれ!」
その瞬間、意識が掠れていった。
『後は、私に任せな』
「あれ?死んじゃった?なーんだもう少し、いけると思ったのににゃ~。仕方ない、終わらせるかにゃ」
爪で体を貫こうとしたその時。
雫は、二ビルの手をがっちり掴んでいた。
「おい、これ以上この子を傷つけるってんなら私が相手をするぜ?」
「なんか、変わったかにゃ?まぁ、続けるとするにゃ!」
「自由変化」
次の瞬間、高速で向かって来た二ビルの翼を切り落とした。
二ビルはそのまま、地面に落ちていく。
「な、何が起きた?!」
二ビルが雫の手に目をやると折れた竹刀に水のようなものが渦巻いていた。
「水圧って言うのはさ。銃を超えたりするんだぜ?」
「この、クソアマがァァァァァァァ」
「君は相手を間違えた。君の敗因はそれだけだ」
その言葉だけ言い、二ビルの体切り裂いた。
「さてと、よっと」
竹刀に渦巻いていた水は、二ビルの死体を飲み込みそのまま消滅した。
◇
どこを探しても見当たらない。
「変わってあげる。けど!男の子にナンパとかはやめて」
『はいよー』
「前、誤解解くの大変だったんだから!」
この状況、他の人から見たらただの変人なんだよね。
なので、極力外では話さないようにしてる。
『ふーん』
殴れないけど、今ほどコイツを殴りたい。
「頼むよ?黎」
『りょーかーい。後で牛丼食べていい?』
「やめて、太りたくないせめて小盛にして」
『はいよー』
今日も私は黎と変わり生きていく。
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