メリーさんの電話

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 翌日。件の小学校から連絡が来た。あの副校長だ。一部の児童と保護者から了解を得た。明日でどうか、と。 「わかりました。では明日お伺いします」  ルイは時間を取り決めて電話を切った。  その更に次の日の午後。ナツの運転で、都市伝説対策室の四人は小学校へ向かった。ルイは後部座席から、アサの顔を眺め、この美青年が小学校に言ったら多くの女児……場合によっては男児も……のハートが大変な事になってしまうのではないか、と少々心配している。  実際に到着すると、小学生たちはイケメンのお兄さんにハートを奪われたアサ派、ひらひらのお洋服を着こなす可愛いお姉さんに夢中のメグ派(昨日の宮島もここに入る)、シンプルにかっこいいお姉さんにときめいているナツ派、そして優しそうなお兄さんに心惹かれたルイ派に別れたようである。  警察に協力を申し出た児童たちは体育館に集められた。授業数の少ない低学年からだ。残りの学年は、終わり次第来る。 「警視庁の久遠ルイさんです。久遠さん、お願いします」  教師からの紹介を受けたルイは、舞台の前に立ってマイクを借りた。持つ角度を間違えるとハウリングが起こる。懐かしく思いながら、「あー、あー」とテストし、 「ご紹介にあずかりました、警視庁の久遠ルイです。今日、皆に集まってもらったのにはお願いがあるからです。事前に先生から聞いてるかもしれませんが、今君たちが知っている噂について教えてもらいたいと思います。『メリーさんの電話』です」  児童たちが顔を見合わせた。ひそひそと喋っている。やっぱり、警察が噂について聞きに来たんだ……どうしてだろう……と言った雰囲気だ。 「ああ、遅くなってすみません。僕は警視庁と言っても、捜査一課とかそう言うところの人間じゃないんです。警視庁都市伝説対策室。そう言うところの人間です。都市伝説で困った人の所に来ます」  何人かの視線が宮島に向いた。彼女は少し、ばつが悪そうにしている。 「という事で、今日は君たちに、『メリーさんの電話』について知っていることを教えてください。お話を聞くのは、僕と、桜木巡査長、佐崎警部補、コンサルタントの五条です。椅子と机を用意してもらったので、四つに分かれて一人ずつお話を……」  子どもたちは案外ノリノリだった。低学年だったというのもあるかもしれないが。メリーさんのラストについて教えて欲しい、と告げたところ、簡潔にラストだけ告げる児童もいれば、最初から身振り手振りを交えて伝える話し上手の児童もいる。 「超追い掛けられて地球一周しちゃう!」 「えっとね……突き飛ばされるって聞きました」 「あいつの姉ちゃんがそれで家までつけられたって聞いたけど」 「え~ランドセルに顔が浮かび上がって、ずっと『今あなたの後ろにいるの』って聞かされるって別の学校の友達から聞きました」 「追い掛けられて、タッチされると自分がメリーさんになっちゃうんでしょ? そしてまた誰かに電話してタッチしないと元に戻れないって」 「すごい勢いで追い掛けてきて、それで道路に飛び出して死んじゃうって。だから俵田先生もメリーさんなんだぁって思ってたんですけど」  話が終わった児童から家に帰したが、それでも三分の二ほどの児童に話を聞いたところで中断した。門限がある。 「どうだった?」  机と椅子を片付けながら他のメンバーに聞くと、 「追い掛けられる、というのが一番多かったですね」  アサが言った。ナツとメグも概ね同じようなもので、中にはルイが聞いた様な人面瘡じみた話から、落語家が考えた大喜利の答えのようなものまで様々だ。 「だとすると、俵田先生も追い掛けられたのかもしれないね。そしてその話も噂になって流れてるから、ますます追い掛ける方向にシフトするよ。早く仕留めないと」 「わかってる」 「どうする?」  メグがアサを見上げた。「誰に電話掛かってくるかわからないよ」 「職員室に張り込みましょうか。校内にいて、電話が掛かってきたら職員室に連絡をもらうということで」 「……僕の所に掛かってこないかなぁ」 「室長?」  斜め下を見て発せられたルイの言葉に、アサが意外そうな顔をしてそのつむじを見下ろす。 「危ないですよ」 「でも、僕の所に来ればすぐ佐崎さんが撃ってくれるじゃない?」 「そうだね」  何のてらいもなく即答するナツ。 「僕の所に掛かってきたら良いのにって言うのはさ……消極的どころか……積極的な『願い』じゃない……?」 「そうかもしれませんが……」  その時、ルイのスマートフォンが鳴った。メールやメッセージアプリではない。電話だ。 「誰だろ。警視正かな……」  取り出して、ルイの顔が強ばった。画面をアサたちに見せる。発信元は「公衆電話」。 「本当に掛かってきた!」  メグが叫ぶ。 「五条、間違いないのか?」 「間違いないよ! 『メリーさんの電話』だよ! びっくりした!」 「ぼ、僕もびっくりしてる。どうしたら良い!?」 「出るんだよ」  ナツが銃を抜く。「出ておびき出して。アサ、それで良いだろ?」 「やるしかねぇ。お前がいて助かった。室長、出てください」 「引き延ばす必要ある!? もしもし!」 『私メリーさん』  愛らしい少女の声がした。 『今、霞ヶ関にいるの』  電話はそれで切れた。ルイは顔を上げて、 「今霞ヶ関だって」 「警視庁から来るね」  ナツがつまらなさそうに言った。その手元を見て、ルイは、 「佐崎さん、小学校にエアガン持って来たのか?」 「これがなきゃ、あたしなんかただの都市伝説オタクになっちまうよ」  ナツは、彼女の発砲した弾が「怪異にのみ通用する」という特異な体質を持っている。捜査一課の巡査部長だった彼女が、都市伝説対策室にいる理由がそれだ。先日の「髪の伸びる人形」騒ぎでも、ナツが人形を撃つことによって解決した。  そして「弾」と言っても実弾である必要はないらしい。都伝の仕事では、BB弾を装填するエアガンを装備している。彼女の実弾は人に当たらないが、奪われた時のリスクが大きすぎる、と言う事でエアガンを使用しているとのことだ。アサはこちらの様子を窺っている教師たちに、 「こちらは大丈夫です。先生方は危険かもしれませんので、一旦職員室へ。何かあったらご連絡します」  こうして、体育館には都市伝説対策室の4人だけが残った。  10分も経たないうちに、また着信。同じく公衆電話からで、ルイはスピーカーにして応答した。 「もしもし?」 『私メリーさん。今新宿にいるの』 「新宿!?」  ルイは目を剥いた。千代田区霞が関から新宿区まで、確かに電車では一本だが、それにしても早い。早すぎる。電車では確か10分強だった筈だ。 「早いな!? 快速か!? あったっけ!?」 「相手は怪異だよ。人間と同じ所要時間の筈はない」 「電車じゃないのかも。超ダッシュなのかも」  メグが極めて真剣な顔で言う。また着信。言うまでもない。公衆電話からの着信だ。 「もしもし!」 『私メリーさん。今上石神井にいるの』 「えっ? 上石神井?」 「電車ルートですね」  アサがスマートフォンを見ながら言う。「宮島さんや俵田先生もそうでしたが、このメリーさんはどうやら電車で来るように見えますね」  その後も公衆電話からの着信が繰り返された。「校門にいるの」と言われてルイは息を呑む。 「来るぞ……もしもし? 今どこ?」 『私メリーさん。今体育館前にいるの』  4人は思わず体育館の正面入り口を見た。しかし──。 「いや、メリーさんは後ろに立つから……」  着信。 『私メリーさん』 『今あなたの後ろにいるの』  ルイは振り返って、こちらをじっと見上げる、象牙色の洋服に身を包んだ青い目の西洋人形を見た。 「五条」 「メリーさん! 間違いないよ!」  アサとメグのやりとりを聞きながらルイが後ずさる。メリーさんはそれに合わせて自分の足で歩いた。無言だ。 「うっわ、本当に追い掛けてくるのかよ……」 「室長、そのまま気を引いてて」  ナツが拳銃を構えた。ルイが徐々にスピードを上げると、メリーさんもそれに合わせて迫ってくる。 「私メリーさん」 「今度はどこに来てくれるんだい?」  ルイがそう言ったその瞬間、ナツが撃った。BB弾はメリーさんの頭に当たり──西洋人形はその場で砕け散った。
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