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事務室で来校の旨を告げると、すぐに校長室に通された。応対したのは副校長だ。彼女が今回の窓口になっているらしい。指定された時間も、授業が終わる少し前くらい。副校長が話している間に授業が終わり、担任と該当の生徒から話を聞く、と言う流れらしい。
「お忙しいところを申し訳ありません」
副校長は頭を下げる。
「こちらこそ、お時間割いて頂いてありがとございます」
ルイも頭を下げた。そして警察手帳を開いてみせる。
「僕は都市伝説対策室室長の久遠と申します。こちらは佐崎。彼女はコンサルタントの五条です」
「随分お若いんですね。ごめんなさい。年齢のことを申し上げるのは失礼でした」
副校長はそう言って詫びると、プリントアウトした用紙を差し出した。
「こちらが事件の資料となります。かいつまんでお話しますね」
三人で行くと伝えてあったため、三部の資料を渡された。副校長の手元にも同じものがある。
事件についてはこうだ。その日、俵田と言う教諭が残業をしていた。どうやら他の教員との打ち合わせがずれ込んだ為に仕事が終わらなかったらしい。
ここから先ははっきりしない。学年主任が報せを受けて病院に見舞いに行ったところ、彼は「メリーさんから電話が掛かってきた」と言うのだ。
「残業中に何度も電話が掛かってきて、怖くなった帰ろうとしたんだそうです。そして廊下に出たらメリーさんがいたと」
逃げ出した俵田は、メリーさんが追い掛けてくると思い込んだらしい。実際に追われていたかはわからないが、無理もないことだ。そして脚がもつれて坂道から転げ落ち、通行人が救急要請をした、というわけだ。
「何か関係があるんでしょうか?」
副校長が困った様な顔をする。
「小学校って噂が多いんです」
メグが言った。
「想像力も豊かで多感な年頃だから、こうだったら良いな、ああだったら良いな、こうだったら怖いな。そう言う迷信が形になりやすいって、蛇岩のおじさんが言ってました。だから、関係なくても二つの噂が形なることはあるかもしれない」
「そう……私は、正直都市伝説とかはあまり。ごめんなさい、せっかく専門の部署から来て下さったのに」
「無理もないことだと思います」
ルイは微笑んで頷いた。室長でありながら、ルイ本人がピンときていないのだから仕方ない。
けれど、先日、「髪の伸びる人形」と言うものに対面してしまい、それがナツの撃ったBB弾に当たった瞬間解消されてしまった。そんな現実を目の当たりにしてしまうと、そう言うものが存在する、という事実は認めざるを得ない。
もっとも、報告書で読んだターボばあちゃんだとか口裂け女などのアグレッシヴな怪異には出くわしていない。
(これから遭うのかなぁ)
怪異の具現化が一回こっきり、ということはないだろう。もしかしたら、口裂け女リターンズなんてことも……。
「ところで」
メグが発言して、ルイははっと我に返った。
「この学校で、メリーさんの噂ってあるんですか?」
「あるようですね。噂の出所はわかりませんが……私も校内で耳にします。『誰々ちゃんは足が遅いからメリーさんに追いつかれちゃうよ』とか……。おまけに、昨日は俵田先生の件以外でも、生徒の中でメリーさん騒ぎが起こって……」
「ここのメリーさんは追い掛けてくるんですか?」
ナツが尋ねる。副校長は首を傾げて、
「ああー……そうですね。メリーさんは後ろに立って終わりですよね。それで私も覚えてたのかな? 言われてみれば、変ですよね?」
どうやら、彼女が知っているラストは、「後ろにいるの」と言われて終わるパターンらしい。
「まあ、メリーさんのラストなんてそれこそ大喜利みたいにたくさん生み出されてるみたいですから……」
ルイが肩を竦める。
「そうですねぇ。私もちょっと調べたんですけど、なんか色々あるみたいですね」
その時、チャイムが鳴った。副校長は天井を……正確にはスピーカーを見上げて、
「あ、授業終わりましたね。ではここで少しお待ちください。先生方を呼んできます」
「はい、よろしくお願いします」
三人が見送ると、副校長は会釈して出て行った。ルイもスピーカーを見上げて、
「チャイムなんて懐かしい」
「その内、嫌でも聞くことになるよ」
ナツが片目をつぶった。
「小学校は都市伝説が具現化しやすい現場の一つだからね」
「あ、そうか……じゃあ、もう佐崎さんは聞き慣れちゃった?」
「聞き慣れたけど、やっぱり児童の心じゃ聞けないかな。あたしにはもう授業はないし」
「そりゃそうだ」
児童の心……確かに、もう自分たちにとって区切りではない。関係者の都合を推し量る音ではあるが、自分たちの行動が変わるわけではない。
「チャイム鳴ったって帰れないもんな」
ルイは息を吐いた。それからはたと顔を上げて、
「そう言えば、生徒さんにもメリーさんの電話がって言ってたよね? その子はどうして電話出られたんだろう。昨今の小学校ってスマホ持ち込み可なんだっけ」
「教育委員会次第らしいよ。結構議論にはなったんだけど、安否確認もあるからね。そう言う用途に限ってOK」
「僕が高校の時はケータイ持ち込みOKだったけど……メールしてる子は結構いたなぁ」
ルイは苦笑する。当時はスマートフォンが出始めで、ほとんどガラケーと呼ばれる二つ折りケータイだった。ルイもそうだった。ただし、授業中にケータイを触っていると教卓からバレバレだ、と聞いてからルイは授業中に触るのをやめた。最も、その頃から国家公務員一類を目指していたのであんまり遊んでいられなかったというのもあるが。
ただし、このスマートフォンの普及が、都市伝説の具現化に一役買っているのではないか、と言うのがアサの考え方である。複数人が一つの発信元へアクセすることができる。そうすると同じ都市伝説が流布し、具現化しやすいというのだ。
都市伝説が「消極的な信仰」であるなら、「教典」と言うべき元の噂へのアクセシビリティは大きいだろう。
「良いな。私も中学の時持ち込みOKにしてくれれば良かったのに」
メグが口を尖らせる。ナツが首を横に振り、
「ああ、あんたは怖い思いするからね」
怖い思いって何だろう、と考えて、ルイはすぐにそれがメグの怪異に対する判別能力のことだと思い至った。
アサによれば、メグは怪異や幽霊が人間と変わらないレベルで見えた上で、判別が付くのだと言う。だから、小学校の時に、トイレで並んでいる赤い吊りスカートの少女が同級生ではなくて、具現化した「トイレの花子さん」であることがわかってしまい泣いたのだとか。当然周りは誰も信じてくれないし、そこにいるとメグが指差した花子さんは周りからは見えない。嘘つき、あるいは不思議ちゃんのレッテルがその頃から貼られていた。
雨宿りしようとしたら、幽霊の先客がいた、なんてこともザラである。だから、わざと怪異のふりをしてメグを追い回す、という悪戯もあったようだ。とは言え、この判別能力のおかげで「あなた人間でしょ!」と看破できたようだが。
そう言うことが小学校から中学まであったせいで、メグは通信制高校に進学した。何の因果で都伝のコンサルタントをしているかは知らないが、本人は大学進学も考えてはおらず、このまま地方公務員試験を受け、警視庁に就職して都伝の正式な職員になることを望んでいるらしい。
と、いうことを思い出している内に、副校長が教師と生徒を伴って戻って来た。教師は岡田、生徒は宮島というらしい。岡田はすらりとした細身体型の女性教師で、宮島も利発そうな顔立ちをしたお下げの少女だった。五年生で、岡田はその担任だと言う。
「こんにちは。警視庁の久遠です。どうぞよろしく」
「あたしは佐崎」
「私は五条」
「よろしくお願いします。宮島です」
「担任の岡田と申します」
宮島はやや緊張しているようだった。当たり前である。メリーさんから電話が掛かってきたことについて、警察が話を聞きに来ているのだから。どうして警察はメリーさんのことなんか聞きたがるんだろうと思っているのかもしれない。ルイもそう思う。
「私に聞きたい事ってなんでしょうか? スマホを学校に持って来るのって罪になるんでしょうか?」
「それは学校での罪なので、そっちは先生におまかせします。僕たちは、あなたが受けたメリーさんからの電話について聞きたいんです」
ルイは丁寧に告げた。
「警察ってそういうのも調べるんだぁ……わかりました」
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