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「あの、どうして僕だったんでしょうか?」
眩しいほどの光を発する壁が延々と続くトンネルを歩きながら、僕は尋ねた。
少し前を歩いていた長身の女性が振り返る。腰ほどまで真っ直ぐに伸びた髪がふわっと翻ると、甘い香りが僕の鼻をついた。
「どうして、とは?」
彼女は無表情のまま、質問に質問で返してきた。そういえば、今日出会ってから一度も表情が変わるのを見ていない。
「だって――」
始まりこそ笑いながらであったが、話すほどに僕の声は沈んでいった。
「僕にはこれといった特徴がない。得意なこともなければ、特異なところも。学級委員にだって、誰かの好きな人にだって、誰かにとっての親友にだって選ばれたこともなかった。『花いちもんめ』ってあるでしょ?遊びの。子供の頃あれで、最後まで僕が欲しいって言われなかった時はショックだったな……まだ子供でしたから、なんというか気付いてなかったんですよね。自分がそういう存在だって」
「あの」
「はい?」
「花いちもんめって何でしょう?」
ああ、そうか。そうだよな。知るわけないか。
この世界の遊びなんか。
僕は説明するのも虚しくなったので、「すみません、なんでもないです」とだけ言って、話を止めた。
「あなたが選ばれた理由、ですが」
「はい」
「先程ご自分で仰られていたのがほとんどです」
「……どういう意味でしょう?」
僕は先程の発言を思い返すが見当もつかない。
「『これといった特徴がない』『得意なこともなければ、特異なところもない』それは言い換えれば、『平均』ということです」
彼女の言葉には半分納得したが、半分反対だった。
「そうでしょうか。平均であれば、選ばれることだって、それこそ普通程度にあると思うのです。でも僕はそうじゃなかった」
「ええ。あなたは『普通』ではありませんから」
「え?」
「そこそこ平均の人であれば、それこそ普通だし、普通程度に選ばれるでしょう。でも、あなたはちょうど『平均』なんです」
「ちょ、ちょうど?」
「はい。ちょうど。ピッッタリ。ど真ん中!」
「はえぇ?」
彼女の無表情から発せられる衝撃的な事実に、僕はなんとも気の抜けた声を出してしまった。
「人はあまりにもピッタリ平均的な者は、歪なものとして認識してしまうようです」
「それで、僕はこれまで選ばれず……」
「はい、そしてそれが今回貴方が選ばれた理由です。やはり、それぞれの種においてちょうど平均に位置するものこそ、代表として相応しいと考えられております」
「では、他の代表も……?」
「はい。牛も、ネズミも、たぬきも、クワガタも、クジラも、他のどの種も、皆それぞれの種において、ちょ~~ど平均に位置するもの達です」
「クワガタにクジラって……そんな奴らも参加するのですね」
「ええ、もちろん。なんてったって、干支を一新するための闘いですから。どの種にもチャンスは与えられております」
「やっぱり、走るんですか?」
「それもありますが、それだけではないです。じゃないと、不公平ですからね」
「な、なるほど」
彼女はそこまで説明すると再び前を向いて歩き始めた。
「さあ、会場はもうすぐそこです」
「これで、勝てたら……干支に入れたら、なんか良いことありますかねえ?」
僕はもう少し自分が戦う理由が欲しくて尋ねる。
「そうですね。少なくとも、『花いちもんめ』?では、選ばれるようになりますよ」
なるほど。
それじゃあ、まあ、ひとつ頑張ってみるか。
僕は少しだけ自分を奮い立たせ、進む足に力を込める。
トンネルを抜け会場に出ると、様々な生き物から発せられる、割れんばかりの歓声が僕を包んだ。
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