白羽の矢

1/1
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 「あの、どうして僕だったんでしょうか?」  眩しいほどの光を発する壁が延々と続くトンネルを歩きながら、僕は尋ねた。  少し前を歩いていた長身の女性が振り返る。腰ほどまで真っ直ぐに伸びた髪がふわっと翻ると、甘い香りが僕の鼻をついた。  「どうして、とは?」  彼女は無表情のまま、質問に質問で返してきた。そういえば、今日出会ってから一度も表情が変わるのを見ていない。  「だって――」  始まりこそ笑いながらであったが、話すほどに僕の声は沈んでいった。  「僕にはこれといった特徴がない。得意なこともなければ、特異なところも。学級委員にだって、誰かの好きな人にだって、誰かにとっての親友にだって選ばれたこともなかった。『花いちもんめ』ってあるでしょ?遊びの。子供の頃あれで、最後まで僕が欲しいって言われなかった時はショックだったな……まだ子供でしたから、なんというか気付いてなかったんですよね。自分が存在だって」  「あの」  「はい?」  「花いちもんめって何でしょう?」  ああ、そうか。そうだよな。知るわけないか。  遊びなんか。  僕は説明するのも虚しくなったので、「すみません、なんでもないです」とだけ言って、話を止めた。  「あなたが選ばれた理由、ですが」  「はい」  「先程ご自分で仰られていたのがほとんどです」  「……どういう意味でしょう?」  僕は先程の発言を思い返すが見当もつかない。  「『これといった特徴がない』『得意なこともなければ、特異なところもない』それは言い換えれば、『平均』ということです」  彼女の言葉には半分納得したが、半分反対だった。  「そうでしょうか。平均であれば、選ばれることだって、それこそ普通程度にあると思うのです。でも僕はそうじゃなかった」  「ええ。あなたは『普通』ではありませんから」  「え?」  「そこそこ平均の人であれば、それこそ普通だし、普通程度に選ばれるでしょう。でも、あなたはちょうど『平均』なんです」  「ちょ、ちょうど?」  「はい。ちょうど。ピッッタリ。ど真ん中!」  「はえぇ?」  彼女の無表情から発せられる衝撃的な事実に、僕はなんとも気の抜けた声を出してしまった。  「人はあまりにもピッタリ平均的な者は、歪なものとして認識してしまうようです」  「それで、僕はこれまで選ばれず……」  「はい、そしてそれが今回貴方が選ばれた理由です。やはり、それぞれの種においてちょうど平均に位置するものこそ、代表として相応しいと考えられております」  「では、他の代表も……?」  「はい。牛も、ネズミも、たぬきも、クワガタも、クジラも、他のどの種も、皆それぞれの種において、ちょ~~ど平均に位置するもの達です」  「クワガタにクジラって……そんな奴らも参加するのですね」  「ええ、もちろん。なんてったって、干支を一新するための闘いですから。どの種にもチャンスは与えられております」  「やっぱり、走るんですか?」  「それもありますが、それだけではないです。じゃないと、不公平ですからね」  「な、なるほど」  彼女はそこまで説明すると再び前を向いて歩き始めた。  「さあ、会場はもうすぐそこです」  「これで、勝てたら……干支に入れたら、なんか良いことありますかねえ?」  僕はもう少し自分が戦う理由が欲しくて尋ねる。  「そうですね。少なくとも、『花いちもんめ』?では、選ばれるようになりますよ」  なるほど。  それじゃあ、まあ、ひとつ頑張ってみるか。  僕は少しだけ自分を奮い立たせ、進む足に力を込める。  トンネルを抜け会場に出ると、様々な生き物から発せられる、割れんばかりの歓声が僕を包んだ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!