命あげます

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顔面偏差値至上主義のこの時代に、圧倒的な不細工さとどんくささ。運の悪さを持って産まれた俺に夢と希望はない。 顔の良し悪しを数値化し評価することで学校、仕事、収入…全てが外見で決まるこの時代。 つまり、産まれた時点でその子の人生はほとんど先が見えるということだけれども。 目覚ましい顔面の成長を見せる輩もいることから中学入学までは希望がまだあった。 しかし、背も伸びず、頭も悪く、運動もできない俺は恐らく同世代の大多数より一足先にに世を儚んだと思われる。 夢も希望もないくせに一丁前に宝くじなんて買っているが当たったためしはなく。 運にも見離された俺がテレビで見たのは 『命ください。』のCMだった。 急激に伸びているコンテンツで、寿命の譲渡が年単位で行える画期的なシステムだった。 安楽死や尊厳死などが認められ早数百年たっているため人の命は本人の意思によるものであるべきだという主張は多く人々に受け入れられ国会では議論するまでもなくスルリと法案が可決された。 『寿命譲渡法』 この法案が決定されると共に命のやりとりはごく当たり前のこととなる。 不細工は世を儚みながらも大金を手にすることで一時の夢をみるのだ…。 『命ください。あなたの命、無駄にしません。』 ライフイズビューティフル社のキャッチコピーは何度も読み返し、先生が「テストにでる」と言ったことよりよっぽど覚えてる。 俺は差し出すべきなのだろう。 数年単位で譲渡できるということで門戸を叩いたが命をあげることはあっけないものだった。 数分で処置は終わり痛くも痒くもない。 「ちなみに…僕はあとどれくらい生きられるんですか?」 と質問すると美しいが非常に無機質な笑みを浮かべその女性はこう言った。 「ケ・セラ・セラ。」 つまり分からないということだろ。気取りやがって、だから美形は…。 しかしそこで手にいれた金は非常に魅力的かつ生活を潤した。 ギャンブルは元々好きだが潤沢につぎ込めるのはありがたい。 金がなくなれば命を提供する、を繰り返しいつの間にか何年分命を差し出したのかすら分からなくなっていた。 この日も負けが続いた。まぁまたライフイズビューティフルに行けばいいだろうとイライラしながら道路を渡って車に轢かれた。 撥ね飛ばされる瞬間、スローモーションで自分の短い人生を思い返し そうか、事故は寿命に関係無いって言ってたな。などと呑気にひっくり返った世界をみていた。 次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。 ――――生きてる―――― そうか、神に生かされたのか。では心を入れ替えねば…。 などと思うはずがない。なんだよ、死ねなかったのかよ。 顔と右手はぐるぐる巻きに包帯が巻かれ左足は吊られている。 くそっ、いてーな。タバコ吸いてーしパチンコやりてーな…。 ようやく車椅子に乗れるまで回復し一番にしたことは喫煙室に行くことだった。 慣れない車椅子を漕ぎながらふと中庭を見ると小さな女の子が倒れていた。 保護者の姿もなくさすがの俺も慌てる。近寄ってなんとか抱えあげると発熱しているようだ。 急いでナースステーションまで連れていくとバタバタと焦った様子の看護師たちにでくわした。 「すんません、この子…」と言った途端に看護師は口に手を当て驚いた。 「ゆかちゃん!!ど、どこに…!?」 「中庭で倒れてたんすけど…すごい熱で…。」看護師は体を触りひどく狼狽した。抱えあげるとお礼もそこそこに連れていってしまった。 なんだよ、不細工には礼もねぇってか。 やさぐれた気持ちで引き返し一服してからリハビリをさぼった。 顔の怪我は相当ひどかったようで包帯がとれるのに時間がかかったが 形成外科の先生は「ちゃんと以前の通りにした!」と自信満々に伝えてきた。 要らんお世話だと呪ったがようやく包帯がとれるのは少しほっとした。 医師が去ると看護師が残った。まだなにかあるのかと思っていたら 「この間はありがとうございました。お礼もまともに言えなくてすみません…。あの子のことすごい探してて…あ!無事でしたのでご心配なく!」 明るい彼女はそれからたびたび病室にきてくれてよく話すようになった。 しかし明日は包帯を取る日だ…どうせ彼女も顔面至上主義なのだろうから包帯がとれたらさよならだろう。 ふんっと鼻息を荒くして見せるが胸の奥が痛む。優しい笑顔と屈託のない話し方、少しドジで仲間思いの彼女のことなんかなんとも思っていないと言い聞かす。 包帯を取る日の介助には彼女がついた。包交車をガタガタ言わせ病室にくるとあの笑顔で  「風野先生は腕がいいから大丈夫!きっと元通りですよ!」と声をかけた。 いっそ諦めがつくだろうとまな板の上の鯉の面持ちで包帯を解かれ鏡を見せられた。 そこには別人がいた。 「写真の通りに治せたな~俺って天才!」医師はご満悦で抜糸をする。 まだ腫れがあるが明らかに自分ではない。抜糸の痛みを感じないほど、鏡にひびが入るほど見入った。 「イケメンだからってずっと鏡をみるのは感じ悪いですよ~!」キャラキャラと彼女は笑い、染み出た血を脱脂綿で拭き取る。 言うべきか言わないべきか…なんか大事になりそうだし…そもそも チャンスなんじゃないか…? 「写真って…?」恐る恐る聞いてみると 「あぁ、ポケットの中に生写真が入っててね。自分の写真を持ち歩くなんて今時常識だからさ。」医師はそう言って引き出しを指差した。 「あそこに入れておいたはずだけど…。数日もすれば腫れは引くよ。傷は少し残るかもしれないけど日に当たるのを気を付ければ目立ちはしないと思うよ。あれだけの事故で死なないなんてどれだけ運がいいんだろうね!」がはは!と豪快に笑って去っていく医師に慌てて彼女は付いていったが振り向いて声にださず 『あとでね!』と合図した。 引き出しからくしゃくしゃになった写真を取り出すとまさに鏡の中の人物がいた。 誰…だっけか…? 記憶を遡る…あの日はパチンコに言ってて…営業の歌手が来てた…? そうだ!歌いながら店内を歩いてた男がこんな顔だった。 売れない歌手で生写真を一人一人に配っていたんだ。 元来気の弱い俺は断ることもできず捨てることもできずその写真をポケットに押し込んだ。 その後事故に遭ったのか…。 日に日に顔の腫れは引き鏡をみるのが楽しくなった俺はリハビリも精力的に頑張った。 骨折の具合もよくなり暇な時間にはゆかちゃんの病室に赴いて折り紙を折ったり絵本を読んだりした。時々は彼女も加わり人生で一番明るく楽しい時間を過ごしていた。 心を入れ換えよう、これは神様がくれたチャンスだ。やりなおすんだ…。 今までの自堕落な自分にけりをつけて真面目になる決意をする。 病院についている床屋でスッキリと髪を切りイケメンは短髪も似合うのかと皮肉に感じた。 退院の日、彼女が見送りにきてくれた。 「あの…これ…私の連絡先なんです…こんなことしていいか分からないんだけど…。」彼女にしては珍しく目を合わさず顔を真っ赤にしていた。 「必ず連絡します!」そうだ、真っ当になって彼女を迎えにこよう。 意気揚々と病院をでて自宅に向かっているとスマホにメールがきた。 ―――なんだろ。 『ご当選おめでとうございます( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆ 高額当選だお(*´▽`*)受け取りのために印鑑と顔を持ってきてね☆』 まさかの宝くじ当選連絡だった…。一等は五億だぞ…嘘だろ…いやいや何等かは書いてない…。スマホを持つ手が震え当選番号を確認すると一等だった。 へなへなとその場に座り込み天を仰ぐ。 神様っているんだな…へへ、涙なんて久しぶりにでたぜ…。 その足で銀行に向かう。しかしハタと気づいた。 顔面至上主義であるこの国の身分証明は『顔』だ。顔認証システムで登録してあることからこの顔だとまず俺だと認識されることはない。 困った…他の方法はあるのか…事情を話してなんとか受け取ることはできないか…。 慌てて銀行に連絡するがけんもほろろに「元の顔に戻してくれ」と一蹴された。 ようやく手に入れた美しい顔を…手放すのか…元の顔に戻し金を受け取ってから再度この顔に戻すか…。 いや、事情を話せば元の顔に戻すことはできても今の顔に再度戻せというのは倫理的に認められそうにない。 法律で整形は厳しく取り締まられているこの時代、美しさは天然のものしか認められていない。 手詰まりを感じ公園のベンチでうなだれていると 「あのぉ?」と声をかけられた。 うっそりと顔をあげるとそこには自分がいた。 否、『今の自分』だ。 「…!!」思わず後ずさった。オリジナルと出会ってしまったのだ。 取り乱し逃げ出そうとする俺の手をオリジナルはしっかりと掴んで  「待って!」と言った。観念した俺はひたすら謝った。 「すみません、すみません!悪気があったわけじゃないんです!」地面に額をすりつけるほどに謝った。借金取りに謝り慣れている俺は意地もプライドもない。 「違うんです!…よかったらどうして…その…僕の顔なのか教えてもらえますか…?」肩を支え起き上がるよう促したオリジナルは未だにうまく笑えない自分とは違いナチュラルに美しい笑顔を見せた。 誘われるようにこれまでの経緯を話すとオリジナルは時々頷きながらも聞き入っていた。 優しく美しい笑顔を時折見せるものだから思わず宝くじに当たったこと、そのお金を受け取れないことまで説明してしまった。 「なるほど…それは災難でしたね。以前のお写真てあるんですか?」そう言って前の顔を見てしばらく考えこんでから思いもよらないことを提案した。 「じゃあ僕があなたの顔になりますよ。」 「…え?だって…元に戻せないんですよ?」焦る俺に彼は続けた。 「それは僕に考えがあるので大丈夫です。僕があなたの顔になり宝くじのお金を受け取りあなたに渡す。そうだな、僕にも1割いただくというのでどうでしょう?」 正直半分は持っていかれるかと内心ビクビクしていた。 「一割でいいんですか?」 「えぇ、別にいらないくらいなんですけどまた顔を治すためには必要かなって。」にこりと笑うと世界に花が咲いたかのような匂い立つ美しさだ。 これだけの美貌があれば金には困らないのだろう。 「…いいんですか…?なら…。」そう言うと彼は綿密な計画を立ててくれた。 俺の振りをしたオリジナルは主治医に事情を話し顔の再建術をとりつけた。 以前の俺の顔写真をみせると 「この顔に戻せとは確かに言いづらいよな…。」と同情的で圧倒的な説得力があった。 手術は一泊で済み、一週間ほどして顔の腫れが引くとそこには元の俺がいた。 オリジナルはまじまじと鏡を見ると笑いかけて来たがそこにはあの美しいさの欠片は微塵もなく醜く歪めた口許には我が顔ながらいやらしさすら感じた。 「わぁお!なかなか笑顔が慣れないよ。色んな表情を作ってみてるんだけどどれも…奇抜…だね!」無邪気に言い放たれる言葉の矢が胸を射抜くが今となっては彼の顔だ、文句を言う筋合いはない。 「銀行は美々銀行で口座と判子はこれです。」そう言って身分証などもまとめて預けると銀行まで送った。 「いってらっしゃい。ここで…待ってます。」 オリジナルは俺の着なれた服を着て銀行に入っていった。 この金があれば…この金と顔があればやりなおせる。 誰からも才能溢れる魅力的な男性として受け入れられ広く愛されるに違いない。 金は生活を潤した。欲しかったものを買い、自分を格上の人間に見せられる。 ハッタリもどうということはない。みな、所詮中身などどうでもいいのだということは人生で思い知った。 30分ほど経過した頃メールがあった。 『術後だからか顔認証に手間取ってる。身元の確認にかなり厳しくて時間がかかりそうだ。』との内容にひやりとした。もし他人だとばれたらどうなるのだろう。犯罪なのか? 『俺もそっちに行こうか?』 『いや、そうなると面倒なことになりそうだからなんとかこの厳しい追及もやり過ごすよ。』 『なんか…申し訳ない。』よく考えてみればこれが犯罪なのだとしたらオリジナルも巻き込んでいるのだ。ことの重大さに手が震えてきた。元来、気が小さいのだ。 じっと待っていると車の窓をコンコンと叩く音がした。 はっと窓を見るとオリジナルが立っていた。 「結構厳しくてまだ時間かかりそうだよ。僕はお昼を用意されるみたいだから君も食事でも行ってきたら?ずっと止まってると不振がられるし今ももしかしたら見張られてるかもしれないからさ…。」自分の顔で深刻そうに話されると説得力がある。 「わ、わかった…ごめん、俺あんたを犯罪みたいなことに巻き込むなんて考えてなかったんだ…。」泣きそうになりながら弁明すると彼はきょとんとし 「は…んざい…?………いや、だとしても決めたのは僕だから気にしないで。ほら、あのビルの32階に美味しいお刺身をだす店かあるだ。少ないけど…これで行っておいで。」と言いアプリに送金してくれた。 「うん…ちょっと落ち着いてくる…。」彼の優しさが染みた。少し落ち着くんだ。 すすめられるがままに食事をし珈琲まで飲んで気が晴れた。 高層ビルにあるレストランなど金があっても行かないのは前の容姿で行っても浮いてしまうからだったが今は自信をもって入店できた。 美しい容姿と使いきれないほどの大金。全てやり直せる。何からやり直そうか…考えると楽しくなってきて時間がたつのを忘れた。 そろそろ終わったかな?そう思ってオリジナルに連絡した。 しかしその後連絡がつくことはなかった。 顔がよくなったことで手にいれたものは思いの外何もなかった。 顔がよくなっても頭は悪いままだし、仕事だってみつかりはしない。 そこにはちゃんと自分の生きてきた道筋が反映されていた。甘かったとしか言いようがない。俺が努力らしい努力なんて最初から諦めてしていなかったとき、全てを手に入れているかに見える美しい人種は。水面下でもがき、抗い、自分で水流を生み出していたのだ。 美しいやつらは努力もしないで…と言ってる自分が一番なにもしていなかった。嫉妬と僻みと妬みの三役で詰みだ。俺の醜さは顔ではなく心そのものだったのだと思い知らされる。 顔さえ美しければ何時間でも鏡をみれるだろうと思っていた。しかし実際は鏡をみるのなんて一日で朝くらいのものだ。それ意外はショーウィンドウに時々写るくらいのもので自分の顔など大して見ないことに気がついた。 ――――俺は一体何にしばられていたのか―――― 失ったものは宝くじの当選金でもなく醜い元の顔でもなく今まで漫然と過ごしていた時間だったのだ。 打ちのめされた状態でテレビを店のテレビをふと見ると歌番組が流れていた。 エンターテイナーの価値は昔に比べて非常に低い。歌番組なんて数えるくらいしかないだろう。 そこで、俺は思わずテレビにすがりつく。熱心に世の儚さ、理不尽を歌う『俺』の姿を…。醜い容姿には説得力がありあいつをみつけたことへの驚き以上に惹き付けられた。 すぐさま検索する。名前をAgreeと名乗っており調べるとこの時代では考えられないほどの人気を博していた。 唖然とした。なぜ…醜いあの顔で人気なんて…。とにかく会わなければ、金を返してもらって顔をどうにかして…えっと…あとなにをすればいいんだ?分からない…なにがなんだか分からない…。俺はどうしたいんだ?顔を取り替えて俺が歌うのか…?分からない…でも!! あいつの居場所を掴むのは困難を期した。事務所に連絡してもけんもほろろでなすすべがなかった。 身分証明書もオリジナルに渡したままで日々生きているのがやっとだ。 アパートの大屋さんだけは事情を分かって住まわせてくれているが家賃を滞納しだしてからは渋い顔しか見せなくなった。 日雇いの仕事を終え雨のなかとぼとぼと帰っているとアパートの前に黒い傘をさす人影があった。 「よっ。」俺をみつけると昔馴染みのように声をかけてきた。 咄嗟に頭に血が上りさしていた傘を放りだし胸ぐらをつかむ。 「お、お前!!なんてことを…ずっと探し…ふざけんな!!」殴りかかるがさっと避けられると同時に手首を掴まれ捻りあげられる。痛みでひっ!と声がでた。 「顔は変わっても体は代わってないんだよ?僕は柔道の段持ちなんだ。ね、大人しくして?雨だから家入れてよ。」有無を言わさず誘導され家の前まで連れていかれると手首を離された。肩と手首をさすりさすりオリジナルの顔を見ると笑っているのに目だけが異様に光り自分の顔であるにも関わらず寒気がした。急いで鍵を取り出すと渋々といった体で中に入れる。 「わぁ!僕こうゆう家初めて!玄関開けたらいきなり部屋なんだね~。」あちこちを見回しては珍しいものでも見るように雑貨などを手に取った。 「…あんまり見んな、そこ座れよ…。」そう促すと大人しく座布団の上に座り座ったまま室内を見回していた。 「あ、これお土産~。うなぎ好き?肝吸いもあるよ~。あったかいお茶も!」そう言って袋から鰻丼をとりだしさっさと食べ始めた。 「まだあったかいから、早く食べて!」にこにこと急かされ恐る恐る自分も食べ始める。こんなうまいもの食べたことがない。 「…どの面下げて、とか思ってる?君の面だけどね!」きゃはは!と無邪気に笑うが俺は笑えない。 「…お前に逃げられてこっちはさんざんな目に合ってるよ…。」ポソリとようやく恨み言を言えた。さっき圧倒的な力の差を見せつけられたためびびっているのは悟られたくない。 「そ。お金ならあげるよ。欲しいものは手に入ったからさ。」残りのうなぎを掻きこみ暖かいお茶を飲み干すとそのままうしろにパタンと倒れお腹がいっぱいだと唸った。 「欲しいもの…そんな顔が…?」 「喉から手が出るほどね。」口許に腕を持っていき喉から手が出るジェスチャーをする。 「はっ。一時の気の迷いかなんかかよ。」 「違うよ。」急に真剣な顔を見せ起き上がるとオリジナルは話し出した。 「君はさ、美しければ何もかも手に入る。美しくなければ価値がないと決めつけてるでしょ。」その通りじゃないか。 「…はぁ。説明するのも面倒なんだけどね。僕はまぁ…その顔で産まれて君みたいな思いは確かにしないで生きてきたんだよ。努力すれば人並みのましな生き方もできてたしそれを苦労だと思うほど自惚れてもないさ。」ため息を一つつくと表情がガラリと変わった。 「だけどそんなの生きてるか?つまんねーだろ!まともに生きてまともに死ぬ。家族に愛されて見守られながら一生を終えるだと?…反吐がでるわ!くっそつまんねー、産まれた意味なんてそこにねーだろ!」突然、激昂するオリジナルの姿に震えた。 「なにびびってんだよ、お前の顔だろうが。」そう言うと俺の顔を鷲掴みにして近づいた。 「…この顔の方が迫力あるよね…?」そこには以前見た微笑むだけで世界中に花が咲くような表情はなくこの世の汚いものを煮詰めてフルコースにしたかのような薄汚さがあった。 「そ、そうまでして欲しかったものってなんなんだよ…。」震える声で俺は聞く。 「…そうだな。狂気?かな。」あはは、と楽しそうに笑うオリジナルは確かに狂っている。 「この顔になって色んなところに行ってみたよ。すごいね、差別って存在するんだね!蔑み、見下し…無視されるのが一番堪えたかな。」一呼吸置いて彼は言う。 「でもね、その中に僕は確かに見たんだ。畏怖と憧れ、羨望と妬み。すごいよ…素晴らしいよ!こんな世界があったなんて!世界が初めて美しく感じた…。」目が合っているはずなのに次元が違う。何を言ってるんだ…気持ち悪い…。 「お前…気持ち悪いな…。」吐き気がこみ上げる。酸っぱいものが喉元にたまる。 「ひどいな。それも結構言われて慣れた。いいかい。美が不変だと思ってはいけないよ。耐えず移り変わり不安定で儚い、そして無価値なんだよ。」なんの話だ…こいつは何を言ってるんだ…。 「飽和状態なんだよ、お前のそんな顔。」元は自分の顔だったものをカメムシでも見るような目付きで一瞥する。 「君は百万本の真っ赤なバラ園の中でたった一つ、これだと思うものをみつけられるかい?僕は無理だ。いや、そうじゃない。誰かに選ばれるなんてまっぴらなんだ。 僕は…僕はそのバラ園にたかるアブラムシでいいんだ。」窓辺に近づくと裸電球に集っていた小さな虫をバン!と叩き潰した。 「その他大勢になるくらいなら煙たがられて潰される虫けらになりたいんだよ。」潰した虫の亡骸をカーテンで拭き取り振り返る。  「僕ね、小さい頃からミュージシャンになりたかったの。歌うことが好きで。ピアノだって頑張ったんだよ?でもね、ある日気がついたんだ。  順風満帆な人間に何が歌えるのかって。」目の前に両手を出しピアノを弾く仕草をみせる。白く長い指は滑らかにすべり無音の音を奏でた。 「苦労してないから応援歌なんて産み出せない。恋しようにもみんな似た顔似た服似た性格でトキメキも知らないよ。浮き沈みもなく凪。音が生まれないんだ。」 「お、音楽なんて今時必要とされてないじゃないか…!芸術はすでに過去の遺物なんだよ!」精一杯、常識をぶつけると上から見下す氷点下の視線をよこした。 「蛮人はこれだから…この顔の産みの親だし敬意は示したいけど君の中身は地球の産業廃棄物以下だね。 まぁいいや。君に言ってもしょうがない。でね?この顔で世界を見たらぐるりと変わったんだ。人からぶつけられる様々な感情が心の中でハーモニーを奏でる…こんな体験初めてだよ!次から次へと曲が産まれて僕は今!ミュージシャンになったんだ!」恍惚とした表情を浮かべ彼は陶酔している。 「…テレビでみたよ…お前が歌ってるところ…暗くて惨めで底辺みたいな曲だった…。」工事現場の油粕のように染み付き、胸をざわざわさせるようなメロディは不快なのに聞いてしまう…惨めな思いをしたことがあるからこそ分かる歌だし聞きたくない曲だった。 「…あんなのに共感するやついんのかよ…。」 「君が思ってる以上にね。聞き取り手がどう思うかはその人の勝手さ。音楽は自由だ。僕は音楽を愛する人を尊敬するよ。」 一度聞いたら忘れられないメロディと歌詞、こいつの顔を見ながら脳内でリフレインする。叩き出したいのに後から後からメロディに追われる。怖い。 「か、返せよ!とにかく顔も金も…全部返せ!」 「君さ。自分の寿命がいつまでか知ってるの?」ドキリとした。ここ数日ずっと気にかかっていたことだった。金さえ手に入れば買い戻そうと思っていたのにそれも頓挫したままだし命を売ろうにも顔が変わってしまいどうしようもなかった。 「なんでそれを?って感じ?あぁもうほんとに君って人は最高だよ。」手を取られ愛おしそうに頬擦りされ鳥肌がたつ。 「や、やめろ!離せよ!」どんと突き放すがそのまま笑いこけている。 「君はたまたま出会ったと思ってるの?僕が君をみつけたのは君が思ってるよりずっと前だよ。」にこりと美しかったときの笑い方で笑うがそこにあるのは肉のひきつりだ。 「…どうゆうことだ…?」息が上がる。呼吸とはどうやってするものだったか…。 「こうゆうネタバレ嫌いなんだけどっ。目をつけたのはライフイズビューティフル社に行くようになってから。君の寿命は知ってるんだけど待ちきれなくて…殺すつもりだったからまさか生き残って僕の顔になるとは思わなかった!世界は僕の味方だ!」自らを抱き締めるパフォーマンスを見せつけられ気味の悪さが際立つ。 「あぁごめんごめん。でね、やばいなー殺せなかったな~って思って一応見張ってたんだ。大変だったんだよ?そんなことしたことないから。でもその苦労もぶっ飛んだよ~。包帯とったら僕の顔なんだもん!」さも嬉しそうに笑う元俺の顔。自分は今まであんな風に笑ったことがあっただろうか。いつも仏頂面をして周りの人間が怖がっていた。 「君に話しかけたときは心臓がはち切れるかと思ったよ。…嬉しくて!」記憶をたどりよせる。あの時のコイツはどんなだった?思い出せ…。 「君の話を聞いたらまたドラマティックで…すぐに作戦を思い付いたよ。」 「か、金は…?最初から奪うつもりで…?」 「その方が面白いかなって。別に僕も聖人君子、金に困ってないとは言わないよ?だけど今のところ手はつけてないんだ。」ホッとしたが途端に頭を振る。また俺はこいつのペースに巻き込まれようとしてる。 「で…今さらなんなんだよ…憐れな俺を笑いに来たのか?顔を取り戻したいのか?」 「あはは!それはある!君は見てて飽きないもん!顔はいらないよ、今の顔がとっても気に入ってるんだ。」じゃあなんなんだ、後手に回っているのが明らかで気分が悪い。敗けが最初から分かっている将棋のようだ。圧倒的に向こうが強いのにハンデまであげちまってる。 「お金、困ってるんでしょ?あげようとおもって。とりあえずここに5千万。」紙袋からドロロと札束を投げ出す。 「…金?…金!!」思わずすがりつく。 「あはは!可愛い!」金を抱き締めたまま俺は睨み付ける。 「口止めとかじゃないよ?君が何を言っても誰も信じないし。言われても面白いかなって思ってるし。」笑われてもなんでもこのお金は抱き締めて絶対に離さない。この金があれば…これさえあれば…。 「早く寿命買った方がいいよ。少ないからさ。」そう言い残すと埃を振り払うように笑いながらオリジナルは帰っていった。 「この手紙を読んでいるということは俺は間に合わなかったということだよな。こうゆう出だし、男なら憧れるだろ?お前なら分かるよな。 驚いてるか?予想外か?俺みたいなやつはすぐに寿命を買いに行ってまた自堕落な生活を送ると思ってたか?それを見て笑いたかったか? だとしたら俺は賭けに負けて勝負に勝ったようなもんだな。 俺は考えたよ。大金を目の前にして心が揺らがなかったわけじゃない。 だけどこの生活になってこんな俺でも後悔したんだ。もっと頑張ればよかったって。 それなのに同じこと繰り返しちゃいけないだろ?それで考えた。死ぬほど考えた、死んだけどな! 時間がないことも分かっていたから即行動することにしたよ。その前にこの手紙を書いてる。 五千万は寄附する。ゆかちゃんの手術代だ。元よりお前が金を持っていかなきゃ五千万はゆかちゃんに渡すつもりだったしな。 その上で間に合えば賭けは俺の勝ち。間に合わなかったなら…ギャンブル運のない俺だ、間に合わないだろうな。その先は考えないさ。 お前という異端児の出現で世界が変わればいいけどな。草葉の影から見守るぜ。せいぜい長生きしろよ。」
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