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商談ブースはパーテーションで区切られている、開放的なスペースだ。こちらに背を向けて男女二人が座っていた。
おそらく男性が派遣会社の社員で、女性が来てくれる派遣さんだろう。二人はまだ近づく私たちの存在に気がついていないらしく、会話をしていた。
「だから、記憶がなかったからのっぺらぼうだったんですよ」
え?
派遣さんのその声に、私の心臓がはねた。
この……声。
派遣さんは、なおもとなりの男性に熱弁を奮っていた。
「自分が誰だかわからなくて、顔も思い出せなくて……だから私、のっぺらぼうになっちゃったんだなぁって、今は思うんです」
「あはは。何回聞いても面白いよね、その幽体離脱? のときの話。でもくれぐれも、派遣先では言わないようにね? 変な人って思われちゃうよ」
「わかってますよ。ああ、でも、楽しかったな。可愛い女の子との同棲ライフ」
嘘でしょう。
でも──間違えるはずがないんだ。
この声は、たしかに……たしかに……!
「すみません、お待たせしました」
鈴本部長が声をかけると、二人はすぐに会話をやめて立ち上がった。女性も立ち上がり、こちらを振り返る。
その顔には、もちろん、目も眉毛も鼻も口もあって……。
「あら、あなた──やよちゃん!」
つるつるピカピカのお肌に、優しい笑顔。
その人の名前は。
「……った、タマ子さぁぁ〜〜ん!!」
私の大好きなのっぺらぼうが、そこにはいたのだった。
おしまい
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