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真実
夏休みで自分の時間に余裕が出来ると、リンダと会わない時間に、リンダが何をしているのかが、気になって仕方なかった。
リンダの事を思い浮かべるだけで、体の奥の方が、じんわりと熱くなるようなそんな気持ちになれる。
不思議と、女性同士で愛し合う事に対する罪悪感のようなものは無かった。
自分でも、それが理由はわからない。
それよりも、男性とああいう事をする方が、罪悪感のようなものがあったかもしれない。
多分それは、子供の頃から、両親が私に言い聞かせてきた「女の幸せ」論のせい。
どこかで、リンダとの関係は、刹那的なものだとわかってた?
でも、この気持ちは・・・・・・・・
リンダに惹かれているこの気持ち。
そっけない口調をしたかと思うと、熱っぽく私を求めてくるリンダに振り回されていて、ハラハラする事も多かった。
私のような性格には、「落ち着いた恋」の方が似合っているのかもしれないけれど、だからこそ、刺激的なリンダの魅力に引き込まれてしまうだ。
毎日でも逢いたかったけれど、リンダは次の約束をしない。
私の方から、「明日は?」と尋ねると、「さぁ」という返事が返ってくる。
「いつ、逢える?」
「また、連絡する」
そのやりとりの繰り返し。
逢っていても、テレビも見ない、育ってきた環境も違うリンダとの、唯一の共通の話題は、バレエだけ。
バレエ談義になると、リンダは、熱っぽく語るけれど、私はそこまでの知識や熱意がなくて、聞き役になる事が多い。
リンダも私も、住む世界が狭すぎた。
そして、本当の意味での「恋愛」というものを、知らなすぎた。
ベッドの中で愛し合う時は、そのとろけるような快感に酔えたけれど、どこにたどり着くかわからない船に乗り、海の真ん中で、ただ波に揺れているだけのような心細さを感じていた。
日を追うごとに、リンダのお酒の量が増えていくのはわかっていたけれど、私は、どうしていいのかわからなかった。
止めるべきなのかもしれないけれど、止めて辞めるような相手ではない。
そして、リンダは、レッスンに来なくなってしまった。
リンダが口にしないから、私は、あえて尋ねなかったけれど、尋ねるべきだったのかもしれない。
リンダの、怪我の回復の事を。
リンダの、これからの未来の事を。
そうしたら、何かがかわっていた?
ううん・・・・・・自尊心の強いリンダが、私にもたれかかることはなかっただろうし、私もリンダを支えるほど強くなかった。
要するに、私は、リンダの言うとおり「世間知らずの甘ちゃん」だったのだ。
肌を合わせていれば、リンダの不安は伝わる。
だけど、それを共有するほどの関係には、私たちはなれなかったのだ。
リンダが、私に対して最初の頃のように攻撃的な言葉を使うようになり、それがエスカレートしていった時に、私は「彼女と距離を取る」という選択肢しか選べなかった。
再び、花澄と連絡を取るようになった。
バレエのレッスンにも、一緒に行って、一緒に帰る。
花澄は、彼と上手くいっていたようだったけれど、幼なじみの私との時間も取ってくれたし、再び取れるようになった事を、素直に喜んでくれた。
「リンダとは、喧嘩をしたの?」
リンダとの関係はただの友達関係だと、疑いもしない花澄は、無邪気に尋ねてきた。
「うん・・・・・ちょっとね。」
私は、曖昧に、そう返事するしか無かった。
花澄といると、ハラハラドキドキする事は無くても、「気持ちが通じている」という安心感がある。
私は、自分が元の世界に戻ってきたような気持ちに、今まで「違う世界」に行っていたのだと改めて思った。
花澄の彼は、バレエ団の他の男性ダンサーに比べると、比較的大人しい印象の男性だった。
3人で会う時も、私に、さりげない気遣いをしてくれる人だった。
「やっぱり、ピークは16歳か17歳の時で、自分でも随分迷った」と言いつつ、この秋の発表会で、バレエを辞めるらしい。
辞めて、父親の経営する会社に入社するそうだ。
花澄と合うくらいだから、きっと真面目な人なんだろうと思っていたけれど、実際、そんな人だった。
その彼が、ある日、私に・・・・・・と、一人の男性を引き合わせてくれた。
バレエとは、無関係の「剣崎君」という大学生だった。
普通の・・・・・・・どこにでもいるような、大学生。
何度か、4人でWデートをした。
バレエの話題よりも、テレビドラマや流行の歌や、そういう「大学生らしい」会話も、最初は新鮮だったけれど、どこか物足りなさもあった。
このまま、剣崎君と付き合ったら、また、あの「普通の日々」に戻るのかしら?
そんな事も考えながら、ずるずると、リンダとは連絡を取らず、剣崎君や花澄達と遊びに行く日が続いた。
あの日、バレエ団のメンバーも、ちょくちょく利用しているという居酒屋で、花澄達と4人で会っていた。
私と花澄は、未成年なので、ノンアルコール。
男性二人も、体型を気にしてか、あまり飲まない。
それでも、会話を楽しんでいると、ふいに、背後から肩を抱かれた。
覚えのある感触に、振り仰ぐと、リンダだった。
「久しぶりね。なぁに?最近、冷たいと思ったら、こういう事?」
少し酔っているようだった。
「リンダ!」
奥の席で、見覚えのある、バレエ団のメンバーがリンダに声をかけた。
みんなで、飲みにきたらしい。
なんだか、嫌な予感がした。
予感通り、リンダは、
「ここ、いいかしら?」
と、同意を求め、断われない私たち4人の空気を無視し、剣崎君の隣の席に座った。
そして、ワインを飲みながら、最近あったコンクールの評論を始めた。
ひとしきり、入賞者の下手さをけなした挙げ句、
「私の事は、気にしなくていいから、あなたたちの会話をどうぞ」
と、一方的に言うと、ワインのおかわりをオーダーした。
そんなリンダを気にしながらも、たわいもない会話へと場は戻ったけれど、
リンダは、私の隣に座っていた剣崎君に、何やらささやいたり、小さな声で笑ったりしていた。
花澄も、花澄の彼も、気になるのかチラチラと、二人の方へと視線を走らせながらも、たわいもない会話を続けている。
何やら、嫌な予感がした。
翌日、10時を過ぎたぐらいに、リビングの電話が鳴った。
出ると、リンダからだった。
「・・・・・・・・今から、来られる?」
リンダの部屋に行き、インターホンを鳴らすと、キャミソールワンピースに薄手のガウンを羽織った、寝起きのようなリンダがドアを開けた。
「さ、どうぞ」
玄関に、男物の靴が・・・・・・・・・男物の靴がある!と思った次の瞬間、慌てた様子の剣崎君が玄関に現れ、
「どうも。おはよう・・・・・・・・」
と、小さな声で言いながら、私の横をすり抜けるようにして、外へ出て行ってしまった。
リンダが、声を立てて笑った。
私は、しばらく、呆然と、リンダの顔をみつめていた。
・・・・・・・・どういう事?
「さぁ、どうぞ。」
リンダは、私の顔をのぞき込み、再び声を立てて笑いながら、部屋へと戻っていった。
産まれて初めての経験・・・・・まるでドラマのワンシーンのよう。
こういう時、女優は、どういう演技をするんだっけ?
混乱したまま、部屋に入る。
情事の後の匂いと、男性の匂いに、思わずうっと吐きそうになり、私は部屋を出て、キッチンのシンクの水を求めた。
「私は、まだいけるわよ。2回戦目。ううん・・3回?4回?どうでもいいわ。しない?遙。」
私は、そんなリンダを振り返りながら、
「どうして、こんな事を・・・・・・・」
と言いながら、最後の方は、口がわなわなと震えて声にならなかった。
「だって、遙ちゃんが、最近冷たいんですもの。し、か、え、し。」
そう言いながら、私の顔をのぞき込むリンダ。
私は、そんなリンダの顔を睨み付けながら、
「こんな事をして、楽しいの?」
「ええ、楽しいわ。すっごく。ゾクゾクするわ。あなたの、その顔」
再び、笑い声を立てながら、リンダが、片手で私の顔のラインをなぞった。
「どうかしてるわ。帰る」
そう言い、背を向けた私を、リンダはぐいっと壁に押しつけた。
あまり大きくない、吊り気味の目が、私を見つめ、薄い唇は笑みを浮かべている。
「私はねぇ・・・・・・」
リンダが、言った。
「汚したくなるのよ。あなたみたいな、『私は悪いものは何にも知りません』みたいなお嬢様を見るとね。」
「そんなの、おかしいわ」
「そう?私にとっては、普通の事よ。あ、いい事を教えてあげましょうか。ジュンも、ここに泊まるのよ。彼と3人ならどう?ジュンなら、本当に『白鳥の湖』が、出来るわ。3人で」
リンダは、ジュンとも???
リンダの目が、冷たく光るのが怖いのと、嫌悪感とで、私はリンダがつかんでいた手をふりほどこうともがきながら
「離して!汚らわしい、汚らわしいわよ、リンダ!」
「そう・・・その汚い私に、何度も、何度も犯されて、あなたは歓喜の声を上げてたのよ」
リンダが高笑いをした。
手が緩んだ。
私は、思いっきり、リンダを突き飛ばした。
リンダが床に倒れると、玄関へと走り、私は外に飛び出た。
バス停まで走り、ちょうどやってきたバスに飛び乗った。
リンダは追ってこなかった。
私は、ぽろぽろと流れ落ちる涙を抑えるために、バッグからハンカチを取り出した。
嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえ、顔を膝におしつけるようにして泣いた。
「失恋」などという生やさしいものではない。
リンダの、本当の気持ちを知った事で、自分自身を、ただひたすら嫌悪した。
ただ、ただ、やりようのない怒りと、少しの悲しみを、もっていく場所が欲しかった。
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