未来

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未来

授業に出る気分では無かったけれど、やはり根の部分で生真面目さがある私は、2時限目の授業には出席していた。 授業に出たものの、窓から見える青い空に視線を移しながら、昨夜の余韻を存分に味わっていた。 思い出すと、恥ずかしい事も沢山あったけれど、その恥ずかしさが、またずぅんと下半身に疼くような響きを奏でていた。 バレエのレッスンを思いっきりやった後の爽快感よりも、もっと、体も心も軽くなった・・・・・・・・・そんな気持ちだった。 両親への罪悪感だとか、周囲の人がどう思うとか、そういう私をグルグルに縛っていたものが、ぱきん と、外れた開放感を、どう表現すればいいのだろう。 子供の頃から、躾に厳しい両親や、規則の厳しい学校に、窮屈な思いをしてきたけれど、それは自分次第だったと今なら思える。 隣の席の花澄が、私のノートの端に、ちょこちょこっとシャープペンシルで書き込みをした。 「どうしたの?なんだか、すごく晴れ晴れとした顔をしているよ。」 私は、くすっと笑うと、でも、花澄には秘め事にしておく事は決めていたので、 「お天気が良いから」 と、だけ返事をした。 花澄がその一文を読み、そして不思議そうに私を見ている様子も心地良かった。 私は、ジュンと逢うことを辞めた。 そして、リンダにのめり込んでいった。 それは、「恋人同士」という関係とは、少し違っていたのかもしれない。 リンダから、愛の告白もされなかった。 私は、リンダに「好き」という気持ちを伝えた。 リンダは、私を抱きしめて、「嬉しいわ、可愛い遙」と、答えてくれたけれど、私に対する恋愛感情を口にする事は無かった。 でも、私の中では、リンダは「恋人」だった。 だから、その気持ちは時々、すれ違ったりもした。 リンダは、会う約束をしていても、平気で私を、自分のマンションの前で何時間も待たせたり、会っている間に男友達と長電話をしたりと、私を散々、やきもきさせた。 だけど、愛し合う時の、気持ちよさと言ったら・・・・・・・・・! 回数を重ねるごとに、私は自分の体が変わっていくのを感じていた。 お互いの都合の良い夜に会い、夕食を共にして、部屋で少しお酒を飲んで・・・ そして、色々な愛し方を、お互い試し合った。 時には、リンダが通販で、アダルトビデオを購入して、「上映会」をしたりもした。そういう類いの「玩具」も、リンダが取り寄せ、それを色々と試したりもした。 着る洋服も、それまでの無個性で無難なものではなく、流行を取り入れてそれでいて、スタイルの良さをさりげなくアピールするものを選ぶようになっていた。 私自身、気がついていなかったのだけれど、子供の頃からバレエで鍛えた体は、他の同級生の女子に比べると、格段にスタイルが良かったのだ。 メイクも、リンダに教えて貰いながら、派手すぎず、でも映える技を学んだ。 リンダと街を歩いていると、ナンパされる事も多くなり、時にはスカウトマンに声をかけられたりもした。 リンダは、そういう人たちを、全く相手にしなかったし、私もそうするのが、スマートだと思った。 リンダの部屋では、濃密な愛を交しあったけれど、大学とバレエのレッスンにだけは、きちんと出るようにしていた。 両親には、私の変化について口うるさく説教をされ続けたけれど、私はもう、元の自分に戻りたいとは思わなかった。 自分ではあまり自覚はなかったけれど、親に対して猛反発する事はしなくても、「親のいいなりにはもうならない」というオーラを発していて、両親も私の変化を苦々しく思いながらも、手をこまねいているだけだった。 夏休みに入る頃、リンダは、バレエ教室で低学年の子供達の、教師をするようになった。 それだけでは生活出来ないので、仕送りは続いていて、リンダの両親は、まだリンダがバレエダンサーになる事は諦めて居ないようだった。 リンダと、これから先の人生について話し合う事も、あえてしなかった。 そうするには、まだ早いと思っていたし、怪我で一度は夢破れたせいか、そういうエリアには、踏み込めない空気を感じていたから。 まだ早い・・・・・・・・ そう思っていたある日の夕食の後のティータイム。 リビングで、両親とお茶を飲んでいると、 「そうそう・・」 と言いながら、母が、「今気づいたわ」みたいなさりげなさで、いわゆるお見合い写真を手渡してきた。 「25歳だそうよ。遙は、おっとりしているから、年上の男性が良いと思うわ。穏やかで、真面目な方なんですって。」 写真の男性は、ごく普通の真面目そうな面差しだったけれど、私からみるとかなり「おじさん」に思えた事は、口にはしなかった。 お見合い・・・・・・・・・・私が結婚? 最近の私の変化を、敏感に察知していた両親が、こんな手に出てくるとは思わなかった。 「結婚」で、私を、再び、「従順な娘」に戻そうとしているのだ。 母のいつもの口調でも、どこか『強い圧』を与えるような気を吐くように、勧めてきた。 「時計会社に勤務してて、親戚には、大手企業の社長さんとか銀行のお偉いさんとかが沢山いらっしゃるんですって。でも、3男だから、ご両親の介護をする事も無いし・・・」 「・・・・」 「一度、お会いしてみない?」 「お母さん、私、まだ短大に入学したばかりよ。」 「結婚は、卒業してからでも良いし・・・・・・・・・あなたの学校なら、在学中の結婚でも、別に不思議じゃ無いんじゃない?そういう同級生もいらっしゃるって聞いてるわよ。」 「それは・・・・・・・そういう人もいるけれど。私は、まだ、そういう気にはなれないわ・・」 私は、語尾が少しかすれたような声で、やっと答えた。 母に抵抗するには、パワーがいる。 「良いお話よ。子育てするのも、若い方が楽だし・・・・・・・・ね。」 「少し、考えさせて」 私は、そう良い、写真をテーブルの上に置くと、席を立ち自分の部屋に戻った。 お見合いをする気持ちなんて、さらさら無かった。 連絡を取らなくなったけれど、最初に好きになったジュン君に比べたら、随分容姿は普通だ。 面食いだと自分でも思っていなかったけれど、写真を見たときに失望感は、まだ「結婚」という「現実」を知らないせいかもしれない。 「夢」だけで、生きていけるとは思っていない。 リンダ・・・・・・・・リンダと、生きる? その選択肢は、私の中では、細い、細い糸のようだった。 私はリンダに心惹かれているけれど、リンダは、私が思うほど私の事を思ってくれていない事は、うっすらと気づいていた。 それに、まだリンダは、バレエダンサーとして復帰する事を諦めていないように思えた。 もし、バレエダンサーとして復帰出来て、海外に戻ったら? 嬉々ととして、海外へ飛び立つリンダの姿が、容易に想像出来、それは私の胸をずきりと痛めた。 そうなれば、私は、日本へ置いて行かれる。リンダは、私の事など忘れるに決まっている・・・・・・・ 思いがけず、涙が溢れてきた。 わかっていた事なのに・・・ リンダが、日本のバレエ団のバレエダンサーになったとしても、私まで養う事など出来ない。 私は、働かなくてはならない。 もしかしたら、自分だけでなく、リンダの分まで。 それだけの仕事を、甘ったれの自分が出来るとは思えなかった。 うちの大学の就職先に有名企業は多いけれど、その大半は「親のコネ」という事は、暗黙の事実だ。 就職しても、数年で辞めて結婚している同級生がほとんどで、している仕事も楽な仕事ばかり。 収入はともかく、「腰掛け」なのは明らかだった。 そう考えたとき、自分がとても「刹那的」な恋をしている事に、改めて気づいた。 私は、涙を拭くと、ベッドに体を横たえた。 私とリンダの関係は、「現実的」ではない。 でも、もう少し・・・・・・・・・もう少し、リンダと時間を共にしたかった。 リンダが私に与えてくれる快感は、もちろん心地良いけれど、何よりリンダの少し皮肉めいた口調も、自己中心的なところも、心の奥底では何を考えているのかわからない謎めいたところも、今まで私の周囲には居なかった女性で、それが私を強く惹きつけている事は違いなかった。 リンダの中に感じる「魔性」のようなもの・・・それに深く惹かれてしまっている。 私は体を起こし、久しぶりに、リンダが「黒鳥」を踊ったときのビデオを再生してみた。 ただ、テクニックがすごいだけではない。 この舞台では、リンダは「黒鳥」になりきっている。 リンダの挑戦的で魅惑的な目と表情、空を美しく舞う指先やつま先。 圧倒的な存在感。 私に、ここまでの踊りが出来たら、リンダに惹かれる事もなかったかもしれない。 リンダは・・・・・・・私のどこが好きなのだろう? リンダが、私を愛してないという事くらいは、認めたくないけれど心の奥底ではわかっていた。 それも、私にとっては大きな謎だった。 私なんて、平凡な普通の女性。 リンダなら、もっと綺麗な・・・・・・・綺麗な恋人が、居たのかも知れない。 でも、どうして同性愛者になったのかしら? ああ、それは私も同じね。 ジュン君の事、好きだったはずなのに、気づいたらあっという間に、リンダに心を奪われていた。 自分がレズビアンという自覚は無いけれど・・・・・・だって、リンダ以外の女性にときめく事は無いし、そういう目では見られない。 もちろん、花澄に対しても。 そんな「謎」の多さが、また私を、引き込むのかもしれない。 未来の見えない、この「恋」に。
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