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キッチンの床に脱ぎ捨てたままになっていた赤いコートを羽織り、ヨタヨタとお店に出て鍵を開けると、そこには、いつものようにデレデレとした笑顔のオオカミラさんが立っていました。
それを見たミミルの顔にも、思わず笑みが浮かびましたが、オオカミラさんは、おや、という心配げな表情になりました。
「おや、ミミルや。どうしたのかね。疲れた顔をしているね。また街の人たちに、心無いことを言われたのかね」
と、いつもの優しそうな声でオオカミラさんは言いました。
ミミルは、その言葉の中に何か引っかかるようなことがあるような気もしたのですが、優しい笑顔を見たら、また涙が込み上げてきて、オオカミラさんのお腹に顔を伏せてしまいました。
ミミルは一人で辛いことに耐えられるほど、強くはできていないのです。
時にはこうして、誰かに寄りかかることが必要なのでした。
「よし、よし。ミミルや。辛いときには泣くといいよ」
オオカミラさんは、その大きな毛むくじゃらの手でミミルの頭を撫でました。
ミミルは余計に涙が出て、オオカミラさんのお腹でひとしきり泣きました。
ところが。
「とりあえず中に入ろう。おまえさんの好きなビワを持ってきたよ。二人で皮をむいて食べようじゃないか」
なんてことを言われたものですから、ミミルの涙は急に引っ込んでしまいました。
「ビワなんか、ないわ。今は11月よ」
驚いて言うと、オオカミラさんはますます心配そうな顔になりました。
「おや、本当に今日のミミルはどうしちまったんだろう。ほら、ビワはここにあるよ。今朝、うちの裏庭に成っておったから持ってきたんじゃ」
と、手に持っていた袋を開けると、そこには大ぶりのビワがぎっしりと詰まっていました。
ミミルは、狐につままれたような気になりながらも、オオカミラさんをキッチンに入れました。
キッチンのテーブルに座って皮をむいて食べると、果汁をいっぱい含んだ、本物のビワでした。
「どういうことかしら。この季節にビワが成るだなんて。まさにイジョウキショウもここに極まれりって感じ。食べたいな、とは思ってたけど」
ミミルが不思議がると、オオカミラさんは逆に首を傾げました。
「そりゃあ、ミミルが食べたいと思ったから、ビワは成ったんじゃよ。どうしてそれが不思議なんじゃね?」
オオカミラさんの答えは、余計にミミルをこんがらがらせました。
「食べたいと思ったからビワが成っただなんて、それじゃあべこべだわ。まるで鶏より卵が先に生まれたみたい。あれ?卵より鶏が先に生まれたらあべこべなのかしら?でも鶏がいないと卵は生まれないし、卵を食べちゃったら鶏は生まれないし、鶏を食べちゃったら、誰がヒヨコにエサをやるのかしら?ああん、もう、どっちでもいいわ。とにかく、女の子のことをヒヨコちゃんなんて言う男は、遊びたいだけなのよ」
「ううむ。若いころは、わしも浮ついておったからのう」
オオカミラさんは、ハンサム狼だったころを思い出しました。
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