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遠花火
「見つかったらただでは済まされないよ」
「見つかるものか。桜のときも見つからなかっただろう?」
「それはそうだけれど、いつも見つからないとは限らない」
「大丈夫さ。こんな時間にわざわざこんなところを訪れる者などいるはずもない」
「目の前に一人いる」
「それは俺が呼び出したからだ」
そして二人は声を潜めて笑いあった。
どっぷりと日が落ち、辺りが闇に沈む頃。遠くの空では色鮮やかな花火が大輪の花を咲かせていた。少し遅れて聞こえてくる炸裂音。二人は古い屋敷の一角にある楼閣に登り、夏の終わりを見届けようとしているのだった。
確かにその場所は特等席だった。高台にあるこの楼閣からは夜空に浮かぶ花火をさえぎるものは何もない。二人は言葉少なに、ただ遠空に見える牡丹星を見ていた。
夢ひと時――。
逢瀬を重ねるからには、陽の下では会えぬ宿命の二人なのだろう。だが少年の表情からは、そんな悲哀は感じられなかった。少女もそれに倣おうと気丈にふるまっているように見える。見つめる少年の瞳に映る自分の顔。
私はちゃんと笑えているか?
今この一瞬にあふれてくる思いの全てを伝えられているか?
それはこの年代の若者にありがちな強くはかない思いだった。刹那のように終わりゆく夏にはどこかふさわしくもある。
「もうすぐこんなに人目を忍んで会わなくてもいいようになる」
「どうして?」
「俺がそういうふうに変えるからさ」
「何をしようとしているの?」
「おまえは知らなくていい。ただ心配せずに待っていればいい」
「あまり恐ろしいことは……」
少女は不安げなまなざしを少年に向けた。それを少年は真正面からしっかりと受け止め見つめ返す。その瞳には確かな覚悟が見て取れた。
「そんな目で見るな。本当に何も心配はいらないから」
「千年以上続いてきた五山の歴史。それをあまり簡単に考えないほうがいい」
「なめてはいないさ。俺の計画に問題はない。五山の新たな歴史がもうすぐ始まるんだ」
少年の言葉から漂ってくる剣呑な雰囲気。
「お兄様には?」
「あの二人は駄目だ。はなから当てにはしていない。だが洛子には話した」
「洛子さんは何て?」
「味方にはなれないとさ」
「じゃあその計画は既に……」
「心配ない。味方にはなれないが敵にもならないと言っていた。あの洛子が敵にならないというだけでも計画は半分以上成功したようなものだ。それにあいつは誰にも話さない」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「うーん……勘だな」
「何それ。人がこんなに心配しているのに」
「俺の勘は当たるんだ。それより洛子のやつ、この話をしたとき眉一つ動かさなかったんだぜ。まるで俺の計画を知っていたかのようにな。あいつは将来大物になるぞ」
「そんなことは聞いていない!」
少女は語気を荒げた。怒りで顔が紅潮していたかもしれない。だがこの闇の中では確かめることはできない。
「ははは、すねるな。でも本当に洛子から漏れることはない」
「私は少し怖い。洛子さんもだけれど何だかこのままだとあなたが……」
少女はその後の言葉を飲み込んだ。言葉にすることで望まない未来を呼び寄せてしまうかもしれないと思ったからだ。少年は、そんな少女の気持ちを知ってか知らずかただ笑っていた。不安にさせまいと少年なりに気を遣っていたのかもしれない。
千年以上続いてきた五山の歴史。果たして少年が言うように変わるのだろうか? この夏が終わる頃、その答えは出ているだろう。それがどんなものだったとしても、この二人にとって今のこの瞬間は永遠であり続ける。それは誰にも奪うことのできない夏の思い出。はるか遠くの空では、色鮮やかな花火が音もなく咲き誇っていた。その音が二人に届いた頃、夜空には跡形もなく消えていった花火を哀れむかのような黒闇がただただ広がっていた。
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