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優しい風が吹いて、木を中心に渦巻くように舞っていた。
葉や枝がきしみながらも光彩を放っている。
おごそかに。
熱く、眩しく。
炎の柴は燃え広がりもせず、光輪を放ちながら燃えている。
熱にゆらめき、火を何重にもはぜながら。
木はゆらゆらと揺れながら、枝に何百、何千もの小さな火を灯していた。
決して消えることのない永遠の炎──。
私は誰に聞かせるでもなく、古代ヘブライ語でつぶやいた。
「これはモーゼの燃える柴だ……」
モーゼの燃える柴とは、出エジプトの書に出てくる、神の炎だ。
いと高きものが地上に現れ、モーゼに呼びかけたと言われる。
誰もいない周囲を見渡して、いぶかしく思う。
(それがどうしてここに? いや、ここは一体どこだ?)
怪訝に思っていると、少し離れた場所に、淡い茶色の髪の青年が影のように揺らめいて見えた。
まだ若く、少年と青年の中間と言ってもいい。
すらりとした細身で、中性的な美しさだった。
ひどく見覚えのある人影を見て、驚いてしまった。
これは私だ。私自身じゃないか!
青年は美貌といっても良かった。しかしどことなく自分の美を磨く事には、無頓着な人間の雰囲気がする。
手入れの行き届いていないふわふわした髪に、地味で簡素な生成りの服をきっちりと着ていて、図書室にいる学生のように見える。
彼はソロモン神殿の方向に向かって、真摯に祈りを捧げていた。
祈りに使っているのは、古代ヘブライ語だ。一番好きで懐かしい祖国の言葉だった。
──我が神はただ一人の神なり……。
(ここは私の意識の奥なんだ!)
私は自分の心の奥を見せられてるんだ!
周りを見渡すと、水の中の影のように、幻像がやってきた。
エルサレムのソロモン神殿。千年に渡って民族が守り抜いてきた、契約の箱。その中に収められている、十戒を刻んだモーゼの石版……。
祈りを捧げる青年と、子供の自分が重なる。
真面目さと純粋さを持って、真摯に祈祷している。
そこに、小さな子供である自分の声が聞こえてきた。
──我が神はただ一人の神なり……。
やっとここがどこなのか、はっきりした。
蛇に引きずり込まれて、私の心を覗かれているのだろう。
己の内側の心象風景がこんな風だとは知らなかった。
心の奥でも祈りを捧げているとは。
やや真面目すぎるというか、ヘブライ文化一色だ……。自分ってこうだったのか?!
「自分を活かすことをまるで知らない」と王から言われた事を思い出した。王宮務め向けの衣類を送りつけてきた彼の選択は、正しいように思えた。
磨けば光るものを磨かずに、放ったらかしにしている感じ……。
(いや、もう自己反省はこれくらいにしておこう……)
己を丸ごと見るという奇妙な体験だったが、もう頭を振って考えを追い払った。
我ながら、見せられたり見られていることに、だんだん我慢が出来なくなってきた。
燃える柴や、水の影のような己の姿から離れて、虚空の闇に向かって叫んだ。
「夢渡り! そこで見てるんでしょう。私をここから出してください!」
返事はない。しかし、絶対にどこかで聞いているという、確信に近い直感があった。
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