第十一章:貴重な眠り

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 肝心の蛇のための話し合いが、まだ終わっていなかった。  床の大きな敷物の上のエウル大神官を前に、私とシンアが同じ敷物の上に座っている。 「さて、ベルテシャザル殿。わしらとて命を軽視している訳ではない。人はユーフラテスの河の泥から生まれ、死んで泥にかえる。そういう死生観なのじゃ」  エウル大神官が話し始めた。 「まあ人身御供でその蛇が満足するとは思えん。むしろ力を与えるような気がするの。生け贄はしないほうがいいだろう」  それを聞いてほっとした。  現実を突きつけてくる王と違って、大神官は口調も内容もゆったりとしていて受け入れやすい。  明かりに横顔を照らされながら、大神官は話を続ける。 「話を聞く限り、陛下に取り付いたのは悪いエテンム(エテンム・レムヌ)のようだの」 「悪いエテンム(エテンム・レムヌ)?」  私が尋ねると、エウル大神官は答えてくれた。 「わが国の伝承でな。死者は地下の世界にゆくが、埋葬されなかった死者は悪い霊になる。彼らは耳から生者の体内に入りこんで病気をひき起こす。夢の中にも現れる。人の精神を侵す病気はエテンムの手(カート)と呼んでいる」  私はたずねた。 「それを身体から追い出して、健康に戻る方法はありますか?」 「祓いの儀式がいるのう。それでまず最初は陛下も王宮(エカッル)付きの術者を呼んだのだ。術者達は国で選りすぐりの六名だったが、彼らは失敗して全員が命を落としてもうた」  エウル大神官は、そう言って眉をしかめた。 「王に取り憑いているのは、ただのエテンムではない。もはや冥界の王ネルガルの魔物達のひとりか、ティアマト女神の魔物バシュムにも近いとも思うた……」  私は黙って考えこんでしまった。  そんなの、どうやって倒したらいいんだろう……。  大神官は続けた。 「うちの神官の張る結界には二種類あっての。魔を入れない結界と、出さない結界の二つ。ベルテシャザル殿は、結界の有無は分かりますかの」 私は首を振った。 自分は文官になる勉強はしてきたけど、呪術方面はほとんど知らない。 「いえ、全く分かりません」 「ふむ。まあ、結界の聖具を動かさぬよう避ければよろしい。最後にこの二つに加えてさらに秘術があっての。(アン)()を繋ぐ結界よ」 「(アン)()を繋ぐ?」 「エ・テメン・アン・キとは、天と地の基礎となる建物の意味でな。神殿の底は冥界へ、頂きは天上へ繋がっている。神々のいる(シャムー)へとな。それを繋ぐ結界を張るのが、ここマルドゥク主神殿(エサギラ)神官の秘術中の秘術」  エウル大神官は右手の指を上に、左手の指を下にした。 「魔のものを陛下の内から出し、結界で封じ込め、冥界のものは冥界に戻すのがよい」
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