第十二章:燃える柴

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 闇の向こうから、蛇の声だけが聞こえた。 『ダビデの若枝よ。そなたの心は水晶のように澄んでおるのだな……。姿だけでなく、心も若く純粋だったのだな……』  暗闇の中に、銀の蛇が浮かんでいた。  空中にふわりと浮かび、頭をもたげてこちらを見ていた。  静かな、さとすような言葉で、語りかけてくる。 『それゆえに我はそなたを愛しく、同時に可哀想に思う。そなたの身に起こることに、非常に哀れみを感じずにいられぬ…。そなたの神は、そなたに対して残酷ぞ……』  蛇の言葉は奇妙に優しかった。その中にある、嘘ではない憐れみの響きを、私は感じ取っていた。 「はっきり言って下さい。夢渡り! あなたは何を知ってるんですか」  苛立った声が出た。  そのいたわりが私を不安にさせる。 『そう怒るな。夢解き人(ゆめときびと)夢渡り(ゆめわたり)は、本来とても相性がいいもの。まず順に話してやろう』  蛇はまた、ゆるゆると空中を泳ぎながらこちらに近寄ってきた。 『ダビデの血は数百年に一人、まれにそなたのような神通力を持った子を生む。そのような子は、人外を惹きつけ魅了する』 「人外を?」 『人ではない者達のことよ。魔のもの、天のもの、精霊や魔獣、動物もなつく』  動物になつかれるのは確かに覚えがある。  自分の血のせいだったのか? 『我のようなものには、そなたは全身から淡い燐光を放ってるように見えるのよ。だから互いにそうだと分かる』  目の前まで来た蛇は、こちらの胸元に頭を軽くすりつけてくる。うっとりと目を閉じている。 『我もそなたに惹きつけられてたまらぬ。我と共に来ると良い。そなたを真に理解し、受け入れることが出来るのは我よ』  うーん、これはなつかれてる?  私はまだ警戒していた。王を操って無理矢理にここに引きずりこんだり、黒い泥に襲わせたり、油断がならない。  蛇が残念そうに言った。 『そなたを人の王の(かたわ)らにはべらせるのはまことに惜しい』  むう、(かたわ)らにはべるって……。  自分は稚児(ちご)でも寵童(ちょうどう)でもない!  腹が立ったので、蛇を冷たく睨んだ。 「私は二神には通じず。それに臣下として陛下に仕えておりますから」  そう言って蛇をつまんで、自分から離そうとした。  つままれた蛇は、しっぽをくねらせて抵抗して、空中をのたうった。 『だがそなたは夢解き。夢を解くとは、未来を知ること。そなたの真の力は、未来を観る力。それも国家の興亡に関わることぞ』 「え?」  思わず蛇を見た。  蛇もまた、黒い艶やかな瞳でこちらを見ている。 『そなたの意志に関わらず、どの国王もそなたを欲しがり、手放したがらないであろう』  未来を観る力?  国の興亡を観る力?  ありえないと言いたかったけど、心のどこかで蛇が本当のことを言っているのが分かる。  王宮の王の間で、一番最初に行った夢解きのことがある。  あのときに、自分はバビロンの滅びを予言していた。王からは激怒されたけど。  あれが自分の能力のせいだとしたら、すでに片鱗が見えている……。
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