第十三章:崩壊

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第十三章:崩壊

 否定したかったけれども、身に覚えがありすぎる。  蛇はつまんだ私の手に抵抗して、しっぽを左右に振った。 『我は人間と違って嘘は言わぬ。嘘をつくことが出来ない存在なのだ。それは互いの心を読めば分かること』  そうだ。  この蛇はいつも本心から話していて、それが自分にも分かる。  それが闇に生きてるのに、蛇がいつも漂わせているほのかな神聖さは、そこから来るのかもしれなかった。  確かにこの蛇は嘘を言わない。だが全てを話さない。  言いたくないことは黙っている。  こちらの手を丸ごと覗いているのに、私からは蛇の手が読めない、そんなもどかしさがある。  私は蛇を掴んで引っ張り、自分の側から離そうとした。 「私の神はいと高きものただ一人なり。あなたと取引はしない。あなたはどこか(よこしま)だ」 『そう(かたく)なになるな。そなた自身の眼で未来を観よ』  しゅるり、と蛇が左肩に巻きつき、こちらの身体を前に引っ張った。  よろけるように前に進むと同時に、転びそうで反射的に前に手を伸ばす。  まるで水鏡のように、目の前の空間が輪を描いてねじ曲がるのを感じた。  あっという間に全身が飲み込まれる。 「うわっ!」  足を踏み入れ、気がつくと蛇に連れられて、先程とは全く違う場所に出ていた。  そこは広い外の世界だった。  夜空には満月が出ている。月は広がる岩場を照らしていた。  深い青色の岩場の世界は、どこか懐かしさを覚えた。  自分は岩場に手をついて、身体を伏せていた。  きょろきょろと辺りを見渡した。  どこだここは?  ナツメヤシに岩場、乾いた空気感には見覚えがあるけれど……。  肩にいる蛇が、耳元で囁いてうながした。 『そなたにも未来を観る力がある。兵に見つからぬよう覗いてみよ』  言われる通り、じりじりと身体を岩場の影に寄せて、そっと岩場の向こうを覗いてみた。  そこには驚くべき光景があった。  遠目で丘の上のエルサレムの都を見ることができた。  塔、ソロモン神殿、王宮、家屋や市街が、囲んだ城壁の中にみっちりと密集して建っている都だ。  エルサレムは谷に囲まれた自然を利用した要塞だ。内側に泉を持ち、難攻不落とも言われ特に防衛に長けている。 「これは、ユダ国じゃないか!」  驚きのあまり思わず目を見張った。  二年ぶりに見る懐かしい祖国だった。泣きたいほど懐かしい、今すぐにでも飛んで帰りたい場所だ。  しかも聖地エルサレム。いと高きものが約束した土地だった。  だが、ユダ国のエルサレムの様相は、平和時と違い一変していた。  城壁の周りを槍と弓を持った無数の兵士が囲っていた。  兵士達は皆ものものしく、武器を持ち完全武装だ。  いくつもの攻城兵器も見えて、離れた場所には沢山の天幕や待機中の軍、陣営が置かれている。  火の手がかかり、城壁からは黒い煙が上がっていた。  悲鳴、歓声、怒声……様々な人間の叫び声が聞こえる。  何かが燃える匂いもした。  煙は街のあちこちから上がっている。  息を呑み、私は小さく悲鳴を上げた。見ているものが信じられなかった。 「攻められてる……。エルサレムが、まさか!!」  丘の上の城塞都市が、今は黒煙とともに赤い炎を上げていた。
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