第二章:夢解き

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(成功だ。やったんだ)  信じられないような思いだった。  自分がやりとげたことがまだ現実味がない。  純粋に喜べないのは、後ろめたさか。  ほっとした顔になった臣下の者たちが、別の扉から少しずつ退出する。  私はまだ胸をなでおろしたまま、緊張からの脱力感でその場から動けなかった。 「ダニエル」  はっと気がつくと、友人のハナニヤが側に来ていた。  同郷で、私と同じ年ごろの青年だ。  彼はもう一度、私の名を小さく呼んだ。  懐かしい、私の祖国での名前で。  私の元の名は神の裁き(ダニエル)だ。  新バビロニア帝国に強制的に連れてこられたときに、バビロン風の新しい名をつけられた。  それがベルテシャザルだった。  古い名を呼ばれたおかげで、ぼんやりした気持ちが、現実に戻る。  ハナニヤは右隣にいて、ふらつきそうな私を支え、抑えた声でこう言った。 「ダニエル、しっかりしろ。君はやりとげたんだよ」  何も返事ができず、ハナニヤと互いに目を見て、小さくうなずき合う。  心の中で神への感謝を唱えた。  まだ、心臓はどきどきしている。  夢解きは成功した。  だが私が行ったのは、本当の意味での夢解きではない。  そのことに気がついている人は、ここには誰もいないけれども。 「まさに神の助けだな」  ハナニヤはそう言って小さく笑う。  彼の他にも私と話したそうな者は数名いたが、もう今日は誰とも会いたくなかった。  昨夜は一晩中起きて、神に祈っていたので、ほとんど寝ていない。  身も心も疲れたし、早く家に帰りたい。寝台でひたすら休みたい。  いや、外の風に触れたかった。王宮からはひとり歩いて帰ることにした。  城でもある南王宮を出て、まっすぐ伸びる大通りを十分ほどゆくと、都の中央であるマルドゥク主神殿(エサギラ)の前の広い道路に出た。  神殿を囲む塀の向こうに見えるのは、高くそびえ立つ塔エ・テメン・アン・キだ。  都で一番大きな神殿は祭儀のほか、集会場や商取引の場でもあるので、門の前の大通りは様々な人が行き交っていた。  裕福そうな商人や荷運びの者が歩いている。おそらく身分の高いものが乗った駕籠(かご)も通るし、召使いを連れた者もいれば、旅人姿の巡礼者もいる。  巡礼者が多いのは、バビロンは神殿群があるだけではなく、ナブー神殿(エジダ)のある聖地の都ボルシッパと繋がる巡礼路もあるからだ。  道行く人々の歩く大道りには、小さな(ほこら)や神々の銅像があり、道はタイルと煉瓦で舗装されていた。  歩きながら熱いくらいの日の光を浴びていると、緊張で冷え切った身体にぬくもりが戻ってきた。  王の間の凍るような冷ややかさが嘘のようだ。  都の喧騒や行き交う人々を眺め、やっと一息つく。
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