最終章:懐かしきバビロン

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 王と警備兵、それと私で東の大門へ向かうため、バビロンへの街道を馬で歩いていた。  水音がして、きらめく河の水面が見える。  地元の漁師が葦舟を出し、(ヌーヌ)を取ったりしていた。  こうやって時間がゆっくり流れているようなところでユーフラテス大河を眺めると、どこか懐かしい郷愁にかられるような気がする。  バビロンに連れてこられたときは、何もかも失ったと思っていた。  だのにいつの間にか、新しい大切なものが出来ている。  祖国のユダ王国のことは、忘れることはない。  それでもこの王やこの国の人達と、出来ればもっと共に居たいとも思う。  二国の間で揺れる気持ちは、何と呼ぶのだろうか。  王と馬を並べて街道を歩いていると、ふと彼から意味ありげに聞かれた。 「ダニエルには、将来の夢はないのか?」 「将来のことですか? いえ、特には考えていなくて」  考えながら私は首をかしげた。  いつも尊大にはっきり話す王にしては珍しく、慎重に言葉を選ぶようにして話している。 「まだ十八歳のダニエルにはずいぶん先の話だが……。お前にはこのままバビロンで学んでもらってだな」 「はい?」 「ゆくゆくはバビロニア帝国の全州の総督を任せたい。つまり俺の政治的にも重要な補佐になって欲しいと思っている」 「え? えええ!?」  言われたことに衝撃を受け、馬から落ちそうなほど驚いた。  文官としては最高の出世だが、驚きすぎて現実感がない。  思わず目を丸くして、王を見た。  彼は至極当然といった感じで、真面目な顔だ。冗談ではないらしい。 「俺はこれからも国境近くまで軍の遠征があるし、バビロンの都はこれからも広がる。統べるためには信頼が出来て、優秀な人員が必要だ」 「そ、それは分かりますが。外国人で、後ろ盾のない自分に、そんな事が可能なんでしょうか……」  思いがけない将来の話にうろたえた。  ユダ国からの人質の身分の自分が、周囲の反対なく、すんなりとそんな重要な立場につけるとは思えなかった。  まず自分にそんな大役が勤まるのか?
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