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バビロンはユーフラテス河の支流を挟んで建てられた都だ。
大きな水路が街の中心を通り、都を東西に二分している。
市街に入るためには、水路を越える大橋を渡る必要があった。
大橋は長さ二百四十アンマトゥ(百二十メートル)、幅は十アンマトゥ(五メートル)ほどで、煉瓦作りの橋脚に、木の横板が渡してある。
人口が多い割には、橋が一本しかなくかつ狭い。荷車や人などで、大橋の周りは、いつも通行人でごった返していた。
橋の上を歩くと、涼しい風が吹いていた。河の水面がきらきら輝いているのが見える。
水路のおかげでバビロンは水が豊かだ。
河では荷を積んだ葦の舟が行き来している。
かいを漕ぐ船頭たちの掛け声や、水音が聞こえてくる。
しばらく川沿いの涼しい風に当たりたくなって、水路に面した石段に座った。
離れた場所では、庶民の女達が洗濯や水くみをしている。
行き交う船を眺めていると、どれかの船に飛び乗って、どこか遠くに逃げてしまいたくなる。
自由が欲しい。遠い祖国に帰りたい。
行商人に紛れるのでもいい。
馬やラクダに乗って、ここではないどこかへ旅ができたらいいのに。
「このままバビロンから逃げて、ユダ国に帰れたらな……」
石段に座り頬杖をして、ため息をついてしまう。
もともと私は、小国ユダの貴族の一人だった。
バビロンに連れて来られたのは、二年前だ。
祖国のユダ国は、聖地エルサレムを持つ、イスラエルの小さな国だ。
ここよりずっと西、肥沃な三日月地帯の、地中海と紅海の間の乾燥した地域にある。
民は唯一神を信じ、王政は五百年以上続いていた。
二年前、ネブカドネザル二世王が率いる、新バビロニア帝国の大軍隊が、ユダ国に進軍してきた。
小国であるユダ国と、大国のバビロニア帝国の間には、圧倒的な兵力差がある。
戦闘を避けるため、ユダ国は戦うことはなく降伏して、バビロニアの属国として従うほかはなかった。
バビロニアの軍が引き上げるそのときに、ユダ国からの貢品と共に自分は強制的に人質としてバビロンへ連れてこられた。
人質と言っても、ひどい扱いを受けることはない。
国交上の留学生というのに近いものだ。
教育内容や健康的な生活、会う人は良く吟味されて、不自由なことはなかった。
見目よく健康な、身分の高いユダの若者が選ばれたのは、バビロン式の教育を受けさせ、のちのバビロンの王宮勤めの候補者とするためだ。
それは友人であるハナニヤ達も同じだった。
祖国ではなくバビロンに尽くして生きろと言われるのは、何か違う気がするが、人質である以上従うほかはない。
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