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昼飯のあとは運動の時間だ。そこでもさっきの子どもは睨み付けてくる。わざわざ離れて壁に凭れていたのに、近くにこられて鬱陶しい。
「気持ち悪そうだな、その服」
からかってやると露骨に嫌な顔をした。本当に子どもだな。
「誰のせいだよ」
「自分だろ?」
他の子どもたちはビクビクして遠巻きにしている。
「そんな目にあうってことは、自分の力が足りねぇってことだ。他人のせいにするんじゃねぇよ。それだからいつまでも糞ガキなんだよ」
「何だと!」
カッとしたようで殴り掛かってきた。動きが遅いな。受け止めることもなく避けて、足を引っ掛けてそのまま引き倒す。
「弱いなぁ、お前。何でここに来たんだ?」
「好きで来るか! こんなところ!」
「親にでも放り込まれたか」
てっきり思い切り反撃をしてくるだろうと思ったのに、返ってきたのは弱々しいパンチだけ。何だこれは。遅くて軽い拳を叩き落とす。
「オレに暴力振るっていいのかよ! 手出しは厳禁なんじゃなかったのか!」
「暴力? こんなの、幼稚園児の嫌がらせ程度だろ。何だお前。こんな弱いパンチで威張ってたのか?」
まさしく井の中の蛙だな。
「馬鹿にするなぁ!」
顔目掛けて拳を振りかぶってきた。当然避けて、変わりに俺も右ストレート。子どもに叩き込むわけにはいかないから、後ろの壁が代わりに受けた。コンクリートの壁は俺の拳の分へこみ、砕かれた塊がボロボロと崩れた。
喧騒が静まる。子どもたちだけでなく、男たちも静かになってこっちを見てきた。これで俺ものしあがってきた。この拳でここでの権利を勝ち取ってきた。
「やるならこれぐらいになってから出直してきな。お前が思ってるほどこっちの世界は甘くねぇんだよ」
壁を砕いた右手を出すと、子どもは小さな叫び声を上げて後退りした。
──そうだ、それでいい。
帰る家がある。迎え入れてくれる場所がある。甘えで非行に走り、軽犯罪を犯し意気がっている糞ガキども。
そんな甘ったれた精神でやっていけるほど、暴力の世界も甘くない。同年代の中じゃ頭を取れていたとしても、しょせんは子どもの世界だ。圧倒的な力の差、決して敵わないだろう、足を踏み入れてはいけない暴力の世界を垣間見れば、まだ引き返せる。
何の因果でこんな偽善ぶったことをやらなきゃいけないのか。誰がこんな俺たちを選んだのか知らねぇが、悪を以て悪を制すってことだろうな。
「……よぅ、いい加減そろそろ判っただろう」
ずっと暴言を吐いていた男たちが、初めて静かに子どもたちに語り掛けた。
「お前、こんなところに来たいか? これから先、ずっとここに閉じ込められる人生でいいのかよ」
「今だ。今ならやり直せるんだよ。目を覚ませ」
ずっと罵りられ、いつその暴力が自分に向けられるかビクビクしていた子どもたちが目を見開く。男たちはなぜ自分たちがここに居るのかを子どもたちに言って聞かせる。どんな罪を犯したのか、罪を犯した末路はどうなるのか。飴と鞭だな。
恐怖に震えていた子どもたちは、今では違う意味の涙を流している。俺を睨み付けてきていた子どももだ。俺がここに居る理由を訊きたそうにしているが、ご免だね。
このあとは打って変わって穏やかな雰囲気と態度になった男たちとの話し合い、最後は自分の親との感動の再会──子どもたちは更正を誓う。そんなところだ。もうご免だ。こんな俺が、犯罪や暴力以外の何を教えればいいっていうんだ。そんなのは他の奴らに任せるさ。これ以上は茶番だ。
泣き崩れている子どもたちをそのままにして、室内に入る。看守と目が合った。ここの看守たちも変わり者だ。こんなのに俺たちを選ぶなんてどうかしてる。俺たちがどんなことを仕出かしてきたのか、知っているだろう。
それでも、子どもたちが帰ったあとは男たちは家族を恋しがり、たった一日会っただけの糞ガキどもの行く末を気にしたりしている。あんな厳つい奴らばっかりだっていうのに。
俺には関係ねぇな。勝手に選んだんだ。俺は俺のやりたいようにやる。
俺に期待するな。勝手にしてくれよ。
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