エピローグ

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エピローグ

「お、もうすぐ始まるね」  そう言いながら、国見あり紗がテーブルにコーヒーを運んできた。僕の隣にちょこんと座る。僕は、年の瀬も迫った十二月の某日、国見あり紗と一緒に彼女のマンションで、日本アカデミー賞授賞式の中継を見ていた。恐らく、武田さんが、新人賞を受賞するだろうからだ。  武田さんは、今、見ている日本アカデミー賞以外の今年の新人賞を総なめにしていた。だから、多くのメディアが、今回の新人賞も彼女で間違いないだろうと予測していた。僕でもそう思う。武田さんの今年の活躍は目覚ましい。デビュー映画「空色写真」は、それまで、といっても去年の話なんだけれど、国見あり紗が出演し、数々の賞を受賞した「海の彼方に見えるもの」が持っていた興行収益レコードを塗り替える空前の大ヒット映画となっていた。主演を務めた新人女優、武田さんのフルヌードも辞さない体当たり演技は、国見あり紗の時と同様、各メディアの話題を根こそぎかっさらっていた。ちなみに、いずれの作品も、あの伊瀬武史の監督作品だ。あのエロじじい、新人女優を脱がすのが趣味なのかな。 「あ、今、一瞬映った」 「うん、映ったね」 「少し緊張してるっぽい?」 「だね」  国見あり紗が、ここにいるということは、彼女は、この授賞式に参加していない。今年、映画に出演していないことが理由だ。仮にも、実力派若手女優と評され、去年のほとんどの新人賞を受賞した女優だ。オファーがなかったなんてことは考えられない。恐らく、彼女は、僕の自主製作映画に出演するために、それらを断ったんだ。伊瀬監督のオファーを断ったように。 「そういえばさぁ。君は去年の新人賞受賞者じゃない。プレゼンターとかやらなくてよかったの?」 「ああ、断った」 「ええ! それって断れるの?」 「ちゃんとした理由があればね」  僕は、もうそれ以上聞かなかった。彼女は、前に言っていた、昔の僕絡みの話を理由にしたわけじゃないと思う。あのときも言っていたけれど、一般人には知る由のないことだから。ていうことは、適当な理由をでっちあげて断ったっていうことだ。彼女ならそうすると思う。事情を知っている桐野さんも反対しないだろう。  そうそう、これは桐野さんに聞いたことなんだけれど、例の事件には、美好涼子が少なからず関わっていたらしい。当時、桐野さんは、国見あり紗(まだそのときは本名の雛川麻衣だったらしいけれど)の他に、美好涼子のマネージャーも兼任していたそうだ。美好涼子も伊瀬監督が見つけ出した女優なんだけれど、国見あり紗を見つけたことで、彼の興味は彼女から離れてしまった。だから、美好涼子は、どうにかして伊瀬監督の興味を自分に引き戻したかった。元カレなんかを捜し出して、スキャンダルじみた話題でもあれば、国見あり紗は将来の芽を絶たれて、伊瀬監督の興味も自分に戻って来るだろうと、そう考えたらしい。でも、まさか、それが人一人の命が奪われるような大事件になるとまでは思わなかった。  どこから漏れ出たのか、美好涼子は、あの事件への関与を週刊誌なんかに面白おかしく書き立てられ、皮肉なことに、逆に自分が将来の芽を絶たれる結果となった。今は、事務所も移籍して、細々と女優を続けている。ドラマなんかには、ぽつぽつ出ているよ。根強いファンもいるし。それにまあ、彼女が直接何かをしたってわけでもないからね。 「いよいよだね」  国見あり紗がコーヒーを口に運びながらつぶやいた。 「まあ、間違いないだろうけどね」  僕もコーヒーを飲みながら答える。 『それでは、今年度の日本アカデミー賞最優秀新人女優賞の発表をいたします』  プレゼンターの声が会場に響き渡る。 『今年の日本アカデミー賞最優秀新人女優賞の受賞者は……武田茉優さんです!』  会場内にファンファーレが鳴り響き、スポットライトが武田さんをとらえる。武田さんは、立ち上がり、四方にお辞儀をすると、壇上に向かって歩き出した。胸元が大きく開いた真っ赤なドレスを身に纏っている。半年間見ないだけで、本当に見違えてしまったな。 「茉優ちゃん、きれいだね」 「うん。もう、すっかり女優さんの佇まいだね」  テレビの中で笑っている武田さんは、本当にきれいで、キラキラと輝いていた。きっとこの先、彼女は、国見あり紗が手にした実力派若手女優ナンバーワンの称号を奪ってしまうのだろう。かつて、国見あり紗が、美好涼子の地位を奪ったみたいに。まあ、当の本人である国見あり紗は、そんなものは全然惜しくないといった感じだけれど。  しかし、これで僕の映画には、去年と今年の最優秀新人女優が出演していることになる。驚きを通り越して言葉も出ないや。  僕たちの映画は、見事にコンクールで金賞を受賞した。最初は、あの国見あり紗と話題の武田茉優が出演しているインディーズ作品ということで、結構大騒ぎされた。そんな感じで話題になることを意図していたわけではないし、望んでもいなかった。覚悟はしていたけれど。でも、それも最初だけで、結果的には、脚本の素晴らしさとシンプルで効果的なカメラワークの妙が評価されての受賞だった。もちろん、二人の演技は大絶賛の嵐だったけれど。何にせよ、話題になったことも賞をもらえたことも、すごくありがたい話だ。  テレビでは、武田さんが受賞についての喜びのコメントを伝えている。実は、ちょうど昨日、彼女から僕宛に手紙が届いた。僕は、いかにも彼女らしい文章で書かれたその手紙を、時どき吹き出しながら最後まで読んだ。彼女と最後に会ったのは、ほんの半年前のことなのに、なぜか、その手紙からはどこか懐かしい匂いがした。 ※  純先輩、ご無沙汰してます。元気にしてますか?  私は、相変わらず元気でやってます。  最近は、私も結構あちこちに出てるから、もしかしたら見てくれたりしてるかもと淡い期待を抱いています。  さてさて、私が伊瀬監督からのオファーを受けたことについては、驚かせてしまったかもしれません。  最初は、あり紗さんへのちょっとした嫌がらせのつもりでした。  あまりにも純先輩が、あり紗さんばかりを見てたので。純先輩は、自覚がないかもしれませんが。恋する乙女の視線をなめるなよ!(笑)  でも、私は、「空色写真」という映画に出演してみて、本当の意味で、演じることの面白さを知りました。  それは、あのオヤジ、もとい伊瀬監督や多くのスタッフさんたちのおかげだと思っています。  でもでも、私のデビュー作品は、あくまでも純先輩の「さよならカムパネルラ」ですからね。  あ、遅くなりましたが、金賞受賞おめでとうございます。  考えてみたらすごいですよね。あり紗さんと私(一応、色んな新人賞を頂いておりますのよ、おほほ)が出演してる自主製作映画なんて。  よく映画関係者の方に、どういう関係なのか聞かれるんで、裸を見られた仲ですと答えています。(笑)  まあ、それは冗談ですが(私は構わないんですが、事務所が言わせてくれない!)、また三人で映画が撮れるといいなって思ってます。  純先輩が、いつか素敵な映画を撮る時が来たら、そのときは約束どおり私を主役で使ってください。  あり紗さんじゃなくて私が主役ですよ!  スケジュールは、今から空けておきます。  あと、これは本人には絶対に言うなよって言われてるんですが、あのオヤジが、「さよならカムパネルラ」を観て、久し振りに面白いやつが出てきたって言ってました。  自分が、いつか終わる魔法の中にいるってことが分かってるやつの映像だったって。  私には、ちょっと何を言ってるのか分かりませんが、同じ映画監督の純先輩なら分かるんじゃないかと思ってチクっておきます。  ほんと、あのオヤジ、いつかぎゃふんと言わせてやる。  長くなってしまいましたが、最後に、純先輩の今後の活躍を祈っています。  お体には気を付けて。  P.S. 今度、そっちに帰ったときは、あり紗さんと三人で会いましょう!(了)
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