運命じゃない彼女と、時計仕掛けの未来

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 それは、一言でいえば彼女を巡る物語だった。  彼女は、今回の一件の最重要人物であり、中心であり、そして、ある種のマクガフィンだった。事実、彼女には世界の行く末を左右する大きな力が与えられていたし、だからこそ、少なからぬ人間が彼女のために右往左往し、今もどこかでしているはずだ。  それでも彼女は、ぼくに言わせればごく普通の女の子だ。  この件についての記録や報告は、然るべき人たちの手によって、様々な方式で残されることだろう。そうした記録に描かれる彼女は、しかし、多分に記号的、道具的であるはずで、だからこそぼくは、彼らが切り捨ててしまうであろう事件の側面、ごく普通の女の子としての彼女を、ここに記しておきたいと思うのだ。  彼女は、傍目にはクラスでぱっと人目を惹く程度の美人という以外は、これという特徴に乏しい女子生徒だった。  教室の空気を掻き回すトラブルメーカーでもなければ、他校の生徒とのタイマンに明け暮れる武闘派でもなく、クラスメイトに校則を押しつけて回るいわゆる風紀委員タイプでもなければ、さりとて謎の崇拝を集めるカリスマでもない。キャラとしてはむしろ地味な部類で、見た目の華やかさのわりには友人も少なく、いつも自分の席で黙々と本を読むか、ぼんやりと空を眺めるかしていた。  無口系、かといえばそういうわけでもない。  誰かに話しかけられれば普通に応じるのだが、会話のキャッチボールが絶望的に下手なせいか、最終的にはいつも相手を白けさせてしまう。そんなわけで進級から半月も経つ頃には、早くも彼女は空気の読めない不思議系キャラとしてクラスでは定着していて、あからさまなヘイトは浴びずに済んでいるものの、何となく地雷として避けられている、そんな奇妙な立ち位置を獲得していた。  ただ彼女の方は、そうした扱いを苦にする様子もなく、毎日定時に登校しては授業を受け、放課後になるとそそくさと荷物をまとめて下校する、そんなルーティンを淡々とこなしていた。  たまに別のクラスの男子生徒が告白と称して彼女に特攻するイベントが生じたが、悲しいかな、いずれも不発に終わっている。そうした噂だけは光の速度で教室に拡散し、キル数が重なるたびに男子は高嶺の花だと、女子はお高く留まっていると揶揄し、彼女とクラスメイトとの溝はいよいよ深まっていった。  ……というのが、二年次のクラス替えから五月の連休が終わるまでの、彼女とその周囲の状況だ。  その間、ぼくはというと毎年そうであるように、誰とつるめば良いのかわからずおたおたしているうちに友達づくりの機を逸し、惑星になりそびれた哀れな小惑星みたいに、教室の隅っこで一人ぽつんと本なんぞを読む日々を余儀なくされていた。  その意味では、ぼくと彼女は似た者同士だったのかもしれない。  かといってぼくの方から彼女にコンタクトを取る勇気はなくて、五月の連休が明けた某日、彼女が昇降口でぼくに話しかけてくるまで、ぼくは、彼女とは一度も言葉を交わすことなく過ごした。  そう。  この事件、いや物語は、彼女がぼくに声をかけてきた、あの日から始まる。
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