しと、しと、しと。

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しと、しと、しと。

 困ったな、と俺は思った。いつまでこうしてコンビニの中をうろうろとしていればいいのだろう。――さっさと用事を済ませて帰らなかったのがまずかったな、と酷く後悔した。  雑誌コーナーから覗きこめばよくわかる。外はしとしと、ずっと小雨が降り続けているのだ。コンビニを出ようとした時雨が降っていることに気付き、ついでに傘を忘れたことにも気がついたのだ。確かに家は遠くないが、天気予報ではところにより雨が降る、なんてことも言っていたというのに。 ――あんまり長く立ち読みするのもなんかな、マナー悪い感じがして嫌なんだけどな。でもこれじゃ外出られないしなあ。雨だし。濡れたくないし。  俺の他に客はいない。店内はしん、と静まり返り、ただただ緩やかな雨音だけが響き続けている。  雨音を最初に“しとしと”と表現したのは誰であったのだろうか。なかなか雅な表現ではある。窓の向こう、道路を挟んだ先に寂れた公園が見えた。滑り台とベンチがあるだけの小さな公園。団地がすぐそこだから、ひょっとしたらあれも団地の敷地に入るのかもしれない。滑り台だけの公園でも、休日は子供が遊んだりするのだろうか。このコンビニのある方に来たことが殆どなかったので、俺にはよくわからない。今は当然雨に濡れて、人気らしい人気はまったくなかった。  そもそもこのコンビニだ。何故こんな微妙な場所に建てようと思ったのだろう。駅から少し離れているし、大通りの一本裏手なのでわざわざ通る人間も少ない。しかも、ローリンやセルンイレブンのような大手チェーンでもないのだ。よほど地域に愛されてないと、存続していくのが難しそうである。  まあ雨が降った平日の昼間、人通りが少ないのはこのコンビニに限ったことでもないだろう。仕事してなくてすみませんね、と自虐しつつ漫画雑誌を開いた。何も好き好んでニートしているわけではないのだ。――あのヒステリーな女社長と来たら。少しメイクが崩れているのを指摘しただけでセクハラだのなんだの。こっちは親切で教えてやっただけだというのに。まさかあんな程度のことでクビ宣告を食らうとは思っても見なかった。あんな工場でも、自分は十二年も頑張って勤めてきたというのに。 ――仕事一筋で頑張ってきたせいで、結婚どころか彼女もできなかったんだぞこっちは。誰のせいで女だらけの職場がうまく回ってたと思ってンだ。力仕事を、俺みたいなオヤジが全部引き受けてたからだろーがよ。  ああ、やめよう。雨のせいで少し憂鬱になっているのは確かだが、もう過ぎたことをぐちぐち言ってもしょうがない。どうせあの女には二度と会わないのだろうし、会社に行くこともないのだから。  どうせなら、ネットにでも晒してやろうかと思う。クソみたいなフェミニスト、クズみたいな女尊男卑思考の連中にうんざりしている奴等は多いはずなのだ。少し服装を言っただけ、肩に触れただけでセクハラ扱い。力仕事の大半を免除されてるくせして、金だけは男と同じ金額をくれとのたまうババアども。エピソードを投稿すれば、それなりに賛同を得られるだろうという確信が俺にはあった。
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