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声の持ち主は、髪に一筋、オレンジ色のメッシュが入っているのが目立つ程度の、ムイン荘では珍しいごく普通の青年で、名を桜霞と言う。
「ああ、さくちゃん。ありがとう」
ホノンは青年が手にしていたゴミ袋を受けとると、フワフワしたスカートのポケットから封筒を取り出して掌に握らせた。
「毎度ありがとうございます。またいつでもなんなりと」
青年は中身を確認すると整った表情を少し崩して笑った。
「あー!桜さん、ずるい」
そこに駆けてきたのは薄い紫の髪色が特徴の澄だ。
澄は桜霞と同じ年頃だが、金欠の苦学生の為今は休学してバイトを繋ぎながら学費を貯めている。
だから桜霞がホノンから受け取った封筒が謝礼金だと目ざとく気付いたのだ。
「ホノさん、バイトならちゃんとロビーに貼り紙してよ。桜さんだけずるい」
「ごめん、ズーミン。今日は木の手入れだったから男手が良かったのよ。また次はそうするから」
「いえす!頼むね。じゃあ私はバイトいってきまーす」
澄は要望が通ると満足そうに頷いて、手を大きく降りながら駅の方へ走って行った。
「じゃあ僕もそろそろ行きます。今日はそんなに遅くならないと思います」
「了解。起きてたら燈子さんやひとりさんたちと晩酌してるかもだし、また覗いてみて」
ホノンはそう言って桜霞の背を見送った。
そしてホノンは再びホウキで地面を掃き始める。
ゆっくり・ゆっくりと少しずつムイン荘から距離を取って範囲を広げながら。
しかしある一定のラインまで来ると、まるで導線がそこに在るかのようにバチバチッと音がして小さく稲妻が光った。
「…………っ、いたたっ。あー、今日はここまでか」
ホノンはやれやれ、と首を捻った。
「ここまで」
それが今のホノンがムイン荘の敷地外から出られる精一杯の範囲だ。
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