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よくわかっている。
僕という存在がいるから圭の恋愛が上手くいっていることぐらい。
僕と浮気している罪悪感があるから彼女に優しくなれるんだ。
そしてその棘は僕に向かう。
『で、用意できてる?』
「…うん」
『じゃ、行くわよ』
マンションの下に大きなトラックが止まって人がたくさん降りてきた。
カーテンを開けると彼女の姿が見える。
上から見ても、短いショートボブにメッシュが入った髪が見えた。
高いヒールの靴音を響かせながら彼女が部屋に到着する。
引越し業者の方がどんどん荷物を運んでいく。
夜逃げって朝するものってどこかで聞いた。
僕は彼女のアドバイスで全てを捨てることにした。
この部屋のもの全てに圭の思い出がある。それを全部捨てろと彼女は言う。
「咲良のことが大事なら連絡してくるだろうし、何もなかったらそれまでの縁だってこと。ここで人生躓きたくなかったら動きなさい」
僕の目の前で圭の物がどんどん捨てられて、最低限生活に必要なものだけが運ばれていく。
一番大きくて存在感のあるベッドが僕たちの歪な関係の象徴だった。
それがただの粗大ごみになっていく。
「見えなくなったら意外と簡単に忘れるものよ」
がらんとした部屋を見渡す。もともと仕事部屋として借りたので特にこだわったものはなかった。
マンションの下から、住んでいた部屋を見上げる。
今夜は彼女と楽しくすごして、また気まぐれにここに来た時、何もない部屋を見てどんな顔をするんだろう。
仕事から帰って、お風呂が湧いていてごはんが用意されて性欲処理もできるそんな都合のいい僕と圭のニセモノの生活はもう存在しない。
でも僕は圭が好きだったよ。
圭に残ったものは、意味が無くなった合鍵だけだった。
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