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さくら
目を覚ましていつも最初に見えるのは、枕に半分顔をうずめて眠っている君。
君の柔らかくてあたたかい肌にくるまれているときが幸せ。
絡まる腕をそっとほどいて、僕は朝食を作るためにゆっくりベッドから出た。
きのう脱ぎ捨てたスウェットを着てキッチンに向かう。
毎晩たくさんお酒を飲んで起きると食欲がない圭に合わせて、しじみの味噌汁と炊きたてのごはん、うずらの卵で焼いた小さな目玉焼きと夕食の残り、味付け海苔。あとはコーヒー。
朝はいつもこんな感じ。
テーブルに並べていた時に圭が起きてきた。
「おはよ。いつも几帳面だねえ咲良は」
勝手に僕の黒いTシャツを着て、まだ眠そうな圭がコーヒーをカップに注ぐ。
ちらりと見える左手の薬指の指輪から僕は目をそらす。
「彼女さんもこれくらい作るでしょ」
「あいつ?朝からまずいメシ食いたくねえ」
長めの黒髪の寝癖を指でなでながらコーヒーを飲んで僕の顔を見た。
一瞬で女の子を落とせそうな圭の整った顔を、頬杖をついて僕もじっと見つめる。
「なに?」
「かっこいいね」
「咲良だってかわいいじゃん。ふわふわして犬みたい」
何気ない朝の風景。
まるで恋人同士みたいな。
「あ、今夜はメシいらないわ」
思い出したように圭が言った。
「あいつの誕生日だわ。ケーキ食べるってはしゃいでた」
「…ふうん」
めんどくさそうに言いながらまんざらでもない圭。
僕たちは家族じゃない。
ただのセフレ。
それだけだった。
今の彼女さんが選んだであろうネクタイを締めて圭は仕事に向かった。
それだけの、つもりだった。
僕たちはお互い記念日なんかお祝いしたこともない。
気楽で都合のいい存在。
酔った勢いで体の関係を結んでから、圭は頻繁に僕の部屋に来るようになった。
合鍵を作って、いつでも出入りできるようにしている。
僕は彼の部屋の鍵は持っていないけど。
ため息をついてからコーヒーを一気に飲み干してお皿を片付けていた時スマホが鳴った。
『朝から泣き声ねえ咲良』
大学時代からの女友達だった。
『圭とすれ違ったわよ。相変わらずアンタに甘えてわがままし放題でしょ』
僕はライターをしているので仕事はこの部屋でしている。彼女は同じ仕事仲間でよく一緒に飲んでいる飲み友達だった。
最近の僕は酔うとずっと恋愛相談になっているらしい。
僕は何を言ったのかあまりおぼえていないけどタチの悪い酔い方をしているようだった。
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