File1 自覚無き殺人犯

79/79
121人が本棚に入れています
本棚に追加
/99ページ
第七十七話 リスクを知らず、服部和毅は── ④ 「かずちゃん! かずちゃん! 起きて‼︎」 深く暗い意識下で、俺を呼ぶ声と全身を揺さぶられる感覚に、急速に意識が浮上し目蓋を持ち上げた。 瞬間、 「かずちゃーん‼︎」 「おわっ、と⁉︎」 涙で顔をぐしゃぐしゃにした愛理に、正面から飛びつかれて、俺は床に背を預けた。愛理の背に手をまわしながら混乱した頭で記憶を辿り、すぐに思い出す。 「そうか……」 俺は自分の身体に戻ったのか。 「どうしたの?」 「あぁ、いやっ。それより愛理、いま何時?」 「十八時半(ろくじはん)だけど、それがどうかしたの?」 十八時半(ろくじはん)ってことは、俺が身体に戻るまで十分くらいしか経ってないってことか……。 「もぉー! かずちゃんってば、心配したんだからねっ‼︎ うつ伏せになって倒れてるし、身体は冷たいし、息してないし! し・か・も! ま〜た、こんなの見・て・る・し!」 「ゲッ……⁉︎ そそそ、それは‼︎」 愛理が俺の目の前にもってきたのは、俺が幽体離脱する直前に持っていた愛理と元彼のツーショット写真だった。 「もう! 私はかずちゃんだけって言ってるのにぃ!」 「ご、ごめんって、愛理! 許してくれ……」 俺はこの後、愛理のご機嫌とりに必死になったのだった。 *** あの日から俺は、瞬間移動と幽体離脱を繰り返し行っていた。 写真無しでも出来ないか、瞬間移動と幽体離脱別々に使い分けられないか、何度も何度も繰り返し試してみたが、結局出来なかった。 だが、やっているうちに条件が段々とわかってきた。写真を手に持っていること、そして、その写真が五年以内に撮られたものであることだ。撮られた写真と実年齢とが離れすぎていると、幽体離脱と瞬間移動が出来ないようだ。 この能力を使い慣れてしまえば、もっと色々できるんじゃないかと思ったが、一度能力を使うと酷い倦怠感に襲われて、休みの日にしか練習ができなかった。使い勝手の悪い能力にため息が出る。仕方がない。 そんなある日、会社の飲み会で居酒屋へ行くことになった。面倒くさいし、俺の嫌いな加藤もいるし、正直行きたくもなかったが、付き合いも大事なので、渋々行くことになった。 後日、 「服部さーん! これ、この間のです。どうぞ!」 そう言って手渡されたのは、飲み会の時の写真だった。集合写真にうつるひとりの人物に釘付けになった。 「服部さん? どこかおかしいとこでもありましたか?」 「あぁ、いや、何でもないよ。写真、有難う」 「いえいえ、どう致しまして!」 パタパタと去って行く女性社員の背を暫く視線で追って、それから写真へ視線を移す。 俺の瞳にうつすのは、加藤大輔ただひとりだった。 写真にうつる加藤の姿。そして、自身の頭の中で急速に組み立てられた残酷で、かつ恐ろしい計画に俺は口角を上げた。 加藤、おまえさえ、いなければ─────! 俺を止められるのは、誰一人としていない。だって、俺はなんだから。 それから俺は、加藤の身体を乗っ取り妻を殺した。殺すことに一切躊躇いはなかった。自分でも驚くほどに、頭は冷え切っていて冷静だった。事務作業を熟すかのように、俺は淡々と妻を殺した。 だって、俺が殺した証拠はない! なのに、俺はまんまと警察の罠にかかって逮捕されてしまった。俺は特別なのに特別なのに、何で⁉︎ そんな疑問がぐるぐると頭を飛び交う。 「うっせーぞゴルァァアァァ‼︎ 加藤だっつってンだろ⁉︎ アイツが殺したんだ‼︎」 俺は興奮し椅子から立ち上がって、パイプ椅子を蹴飛ばす。 「大人しくしなさい!」 「押さえろ‼︎」 俺を三人がかりで警官が床に押さえつけてくる。 「は、離せ! な、ん、で俺が⁉︎ クソクソクソクソ‼︎」 いまだに興奮が収まりきらない俺の目は血走り、食いしばった口からは涎が流れて床に落ちる。 そして、それは起こった。 「なんか、ちっさくなってないか?」 「そんなはずは……」 「いやでも」 服部を取り押さえる三人の警官だからこそ、小さな変化に気づけたんだろう。映像からは変化なんて全くわからない。 「お、おい!」 「なんだ⁉︎」 「一旦、離れろ‼︎」 服部の急激な変化に戸惑う警官は、その指示に素直に従い、そろそろと服部から距離をとる。 「ぷふ、ゔぁーう゛ぇーん。あ゛ぁーん………」 「どういう、ことだ……」 服部は能力得るかわりの代償を知ることもなく、薬を投与された。そして、後遺症で赤ん坊になり、同時にこれまでの記憶を全て失い、やがて命を落としたのだった。
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!