1046人が本棚に入れています
本棚に追加
/145ページ
香枝は、おれと出会った頃、誰も信じられないって目をしていた。もったいない、というのがおれの香枝に対する第一印象だった。
育てたのはおれだ。他の誰でもない。
他の輩からの不躾な視線を感じると、おれは優越感ではなく、怒りを感じるのだ。余裕が無い証拠なのだろう。
おれは、香枝のすべてを知っているわけではない。
そもそも、学校が別だった。バイトが一緒だっただけという関係性だ。一年近く、毎日会ってはお茶ばかりしていたが、その頃、彼女はおれにこころを許していたわけではない。……因みにその後の数ヶ月間の記憶ならばほとんど無い。学校の授業と試験勉強とでくそみそに忙しかった。
香枝とは同時期(一昨年の四月)に同業他社に就職をした。就職してからも、別々に過ごす時間のほうが、圧倒的に長いのだ。月から金まで仕事をしている。休出も、度々。
会社で働くということは価値観の劇的な変化を伴うもので、それを機に別れてしまうカップルも珍しくはない。おれも香枝も、一年目は学生の頃よりも喧嘩が増えた。半年を過ぎた頃から、互いを思いやる余裕がすこしずつ出てきた。
最初のコメントを投稿しよう!