本編・野間清司/炭火焼肉 *

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 おれは、ふっと笑いの息をこぼしてから、トングを取り、新しく替えてもらった網の上に肉を乗せる。「さっきの男の店員だっておまえ見るときに眼の色がなんか違ったぞ」 「? 気のせいじゃない?」  既におれから顔を離した香枝は首を傾げてジョッキを手に取る。――気のせいなものか。  香枝には、ガードが固いくせして変にひとに気を許しやすいところがある。  前に新宿で待ち合わせていたときに、エステ勧誘の女に駅の場所を教えたうえにご丁寧に改札前まで案内をした。――テレクラのティッシュ配りの連中に「ありがとうございます」とわざわざ頭を下げるようなお人好しだぞ?  考えごとなんかしているうちにじゅーじゅー肉が焼けていく。やっぱり、炭火で焼くのと鉄板で焼くのとでは焼け具合が断然違う。鉄板だと油が落ちていかないんだ。当然、炭火のほうが煙(けむ)いが旨さには変えられない。――思えばおれと香枝が出会ったのは焼肉屋でのバイトだった。社会人となったいまは、勿論バイトは卒業しているが、香枝は毎週末焼肉でいいってくらいの焼肉好きだ。おれは会話をしつつも抜かりなく鶏肉を裏返す。香枝は、基本おれのリーダーシップに従う女性だから、黙って頬杖をついて焼ける肉をただ見ている。  煙にまみれていても、その顔が、いますぐ抱きしめたくなるくらい――愛おしくて。 「――子ども。何人欲しい?」  気がつけばそんなことを口走っていた。――しまった。
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