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「猫が全力で猫じゃらしで遊んでる動画が人気っていう記事に対して、癒されました可愛いですねっていうコメントがあったとして、それにバッドをつける理由って何か思いつきます?」
洋子の言葉に顔を上げた伊織さんと、鏡越しに目が合った。
「なぁに、それ。どういう意味?」
すぐに視線を戻した伊織さんはその長い指で洋子の濡れた髪を一束分掬い上げ、クリップで止める。
「ニュースサイトのコメント欄の話です」
国内の主要ニュースは勿論、エンタメやスポーツ、インターネット上の小ネタまで日夜様々なニュースが掲載されるそのサイトには、掲載されている記事のほとんどにサイト閲覧者のコメントが記載できるようになっている。
さらにそのコメントに対しては、共感した=グッド、意見が合わない・反対=バッドの反応をボタンで示すことができた。
「毎日家にいるからつい眺める時間が増えるんですけど、本当にバッドがついてないコメントってないんですよ。反応自体の母数が100を超えていると、全部グッド、つまりバッドがないコメントはほぼゼロです」
伊織さんが、あぁそんなサイトあるね、と軽く頷く。
「何だろう。猫が大嫌いだから自分は全然癒されない、とか?おぉ、伸びたねー」
そう言って、洋子の髪に櫛を入れる。
「私が思ったのは、こんな時期にこんな動画で癒されたとか言ってんじゃねぇ、とか」
洋子は、バッサリお願いします、と続けた。
世の中が大変なことになって、伊織さんの美容院に行くのもだいぶ久々になってしまった。お陰で洋子の髪は無尽蔵に伸び放題だ。
「それ有りそう。ね、バッサリって、どれくらい?」
「短めボブくらい」
「そんなに切るの?」
「気分転換も兼ねて」
本当は次いつ来られるかわからないからとりあえず短くしておこうと思っていた。洋子の家から今の伊織さんの働く美容室までは、1時間くらいかかるのだ。ただ流石にそれは伊織さんには言えなかった。それに気分転換もあながち嘘ではない。毎日1人家に引き籠り、やり取りと言えば仕事のメールだけ。暗いニュースに息の詰まる日々。
そんな中で、いつの間にかバッドの付いていないコメントを探すことは洋子の癖になっていた。ただ探しても探しても、それは滅多に見つからない。
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