託す

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 木下は夜のうちに本部を出た。少しでも敵に発見されにくくするためである。  日を跨いで闇雲に進んだ。途中、何度か米軍に発見され、銃撃を受けた。艦砲の砲弾が近くで炸裂したこともある。それでも木下は、素早く慎重に、そして時には静かに木の陰に隠れて静かにやりすごした。そして夜が明ける頃、ようやく指定の海岸に躍り出た。とにかく死にたくない。その一心で木下は海岸までたどり着いたのだった。  昨夜の軍令はこうである。 「体勢を立て直すため、今日海岸に到着する援軍に、応援を要請しに行け」  今作戦の最重要の任務だという。ここで援軍が得られれば、日本軍は持ち返し、形勢を逆転できるという。まさにこの戦いの転換点だと室谷は言った。  しかしどうしても腑に落ちない点がある。木下はただの一歩兵で、しかも隊内最弱として知られている。そのような兵になぜ重要な役割を命じるのか。 「お前はここにいても役に立たない。聞くところによれば、先日も腰抜けだったそうじゃないか」  キョトンとしている木下の意を察してか、室谷は歯をむき出して意地悪く話し始めた。 「ただ一人塹壕に隠れていたとか。我々はここ、島の中心を死守するために人員を割くわけにはいかない。よって一番情けないお前が行け」  木下はあたふたと反論した。 「し、しかし、そ、そのような重要な任務、万が一失敗しては。わ、私のような者以外に、もっと適任な者がいるのではないでしょうか」  木下は岩田をチラリと見た。しかし岩田は目を合わせようとせず、そっぽを向いている。  木下は震えを隠せなくなった。しかしそんな様子を気にも留めず、室谷は容赦なく言い放った。 「既に決定したことである。今夜、営舎を出て、一目散に海岸へ向かうこと。……米軍は既にかなりの数で包囲していると聞く。銃弾が雨あられとお前に降り注ぐだろうなぁ」  最後に室谷は大声で笑ってみせた。木下はそんな室谷を他所に、全身をがくがく震わせるしかなかった。
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